2008-01-01から1年間の記事一覧

独飲

本日訳あって外泊。 セカンドハウス(なんて立派なものじゃないですが)の近くで夕食す。 一品一品が小憎い店。といっても、焼き鳥屋さん。 8人座れば満員のカウンターで、紙のおしぼりでは、もちろんない。 えらい寒かったのでいきなり熱燗。 出てきた突き…

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しばらくするとアカハゲも起きてきた。鬢のところが跳ね上がっていて、その様はオレにひよこを思わせる。 小さい頭にとがった鼻、横に広がっていて血色の好い唇、目は真っ青で、髪は超がつくほど細いブロンド。そんな男が頭の両際の毛を跳ね上げて、白い寝間…

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飛行機の音ではなかった。 24時間掛けっ放しのエアコンが動き出し、目に見えるほど乾いて汚れた空気が、肺病やみの犬みたいな音を立てて、配風口から吐き出されているだけだった。 合成繊維100%の、カサカサした掛け布団を撥ね退けると、ぼんやりした頭を持…

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この物語は1999年4月10日に始まり、18日後、つまり4月28日に終わる。

オレとアカハゲが初めて出会ったのは、同じ大学のスウェーデンだかノルウェイだかの金持ちの息子が主催したホームパーティーでだった。 郊外のアパートを一棟まるまる借り切って、フロアの壁を三つもぶち抜いた巨大な部屋には、何かで正体をなくした若者が10…

工場員は躁鬱病にかかっています

月曜日に起きると、もう金曜のよるのことを考えている。 17:45、チャイムが鳴って、各々が手袋や帽子を外して、タオルで首元を拭ったり、煙草に火を点けたりしている。そこに漂う空気は、青い靄がかかっていてどういうわけか人々の心が少し和らいでいたりす…

1

電話は鳴り続けていた。 「Hey, you answer the phone」オレは言った。「It should be James」 プレイステーションで『Jackie Chan's Stuntmaster』をしていたアカハゲはオレの方を振り向き、Fuck you. You do itと言って画面に顔を戻した。 窓から差し込ん…

工員は試しに土日月火と休んでみた

単純労働とはいえ休息は必要だ。 いったんラインから離れてみたものの、目の前の景色と手の感覚はそう簡単に戻らない。 3時間も同じラインに立ちっぱなしだったのだ。 タバコルームの小さくて軋むドアを開けると紫煙の霞、(誇張ではない)の中に知った顔を…

第二十四話

シャワーを浴びていた。 青白い浴室にいると、ジョディー・フォスターの「ブレイブワン」のワンシーンで、殺人を終えた主人公が家に帰ってくるなりシャワーを浴びている。服を着たまま。黒いTシャツとジーンズを脱がないで、栓を開いて、あまつさえ石鹸で洋…

工員は迷う

しまった。寝坊だ。どうしよう。 工場のある駅まで出ると始業まであと20分しかないのに、そば食いたいな、と思ってしまった。 そしてそれを実行してしまうと時間はもう5分しか残されていない。 バスに乗って、10分で着いて、9階まで混みこみのエレベーターで…

二十三話

妻は派遣社員として、 私が勤める会社に、 いつの間にか登録をしていたのである。 そしてどうやら、 それは首尾よく成功し ・・・・ ・・・・――――――― というのは、コネでもない限り、 30過ぎて企業経験のない人間が入れるほど、 ここの人事は軽くない。 やる…

第二十二話

400日ぶりに出社するとセキュリティーゲートで止められたのでございます。 「ちょっとIDをこちらへ」若年寄みたいな雰囲気の青年が、ってそりゃどんな雰囲気の青年なんだ、なんてことは訊かないでいただきたく存じます。実際に私は見たのでございますから。 …

第二十二話

だ、らんだんだだあ~。 だ、らんだんだだあ~。 ほー! 妻は、家でカラオケを歌っていた。 私は、冷蔵庫まで行き、荷物をその前に置いて、久し振りに冷蔵庫を開けると、メロン、桃、セロリ、生ハム、チーズやソシソンとかに交じって、カツオ、いくら、ウニ…

どこまで行ったら気が済むのだろう

去年、ユダヤ系投資銀行を”卒業”した私は、広尾にあるお気に入りにレストランの近くに事務所を構えた。青色のオウムを受付に据え付けて、籠の脇に棕櫚の木を二本おいて、窓ガラスは知り合いの職人に頼んでステンドグラスに代えてもらった。 部屋の真ん中には…

快適な時間なんて訪れた試しがない

目が覚めると、携帯電話の電子音が枕の裏から、鼓膜を直接刺激するみたいに、ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピ、っていつまでやらすねん。 とにかく、目が覚めた。 「もしもし」時計を見ると5時を過ぎていた。 「そろそろ起きろよ。あの日だぜ」ユニョは言った…

工員は息を抜く

午前中の仕事が終わると、油と埃が入り混じりオレンジ色になっている手を洗う。 地下一階にある食堂のいつもの席に座り、何に従い従うべきか考えていた。 「金か、それとも人間か」 またいつもの問答だった。 チャイムが鳴り、午後が始まった。

第二十一話

そうして妻がいなくなってから、400日が経った。 結局、妻は捕まらなかった。 しかし努力だけは惜しまなかった。 私は微かに残っている「努力」と「根性」を、文字通り、振り絞って彼女を探してはみたのだ。 まず私は北海道に飛んだ。 それから、タイに行っ…

「仕事柄、色々な国の人間と知り合う」 大親父は言った。 大親父は「貿易商人」という華僑系企業の重役を任されていて、当人に言わせれば、仕事柄、色々な国人々と知り合った、ということだ。 「我々は、なんでも送るし、なんでも受け取る。どこのどんなもの…

あったかいやつ

ある月曜日。 私は、長年のフリーター生活にあきらめをつけて、とある企業に就職を果たした。 新しい銀行口座をつくり、社会保険にも加入し、長く滞納していた住民税を払い始めた。 その会社の私が勤める部では新しく事業部長に就任した「鳥越」という男が辣…

健康を害した彼女

ありふれていると言えばありふれているし敢えて書くまでもないかな、と思いながらも無視し続けることが難しいのが、彼女の体調不良についての考察だ。そのことで心を痛めているフェミニストのなんと多いことか!頭痛や腹痛はもとより、疲れた、足痛い、眠い…

買い物

コンピューターの画面の前でうなっている。 私の姿しかオフィスにはなくなってしまった。もう23時を回ったのだから当然だ。 私は煙草の箱を取り出すと一本に火をつけて宙に煙を吐く。禁煙のオフィスで吸うタバコ、また格別なりけりかりこり、きれかれこお、…

頭の中の箱

朝目が覚めると冷蔵庫までひとっ飛び。 グラスに氷を、 カラコロカラコロ、 ジンを並々、 サイダーを溢れさせ流しを汚し、 仕上げにレモンジュースを垂らせば、 トムコリンズの出来上がりです。 テレビをつけると扇風機を回し、 昨日を私は聴き始めました。 …

第二十話

素敵な夢を。 そんな歌が流れた。 ここは有楽町だ。 私は仕事を終えてビックカメラでiPhoneを買った。 目に留まったイタリアンレストランでサラダとパスタを食べ、コーヒーを飲んだ。 会計は6000円だった。 「いったいどうしてこんなに高いんだ?」私は店員…

物を書いて

文筆業ではないのか? いや、サラリーマンだけど、あんたの場合は、文筆業でしょ。 クレームだ。不穏な空気。鶏を冗談でも犯せない状況。確執。保身。事後収拾。羊探しが始まり… 脳。尿。 俺は否定する。 ある新潟に送ったメール 「ここだけの話、みんな冷た…

犬の

犬の糞である。 しばらく歩くとまた。二連続。 二人の老婆近づいて。杖。セロテープで名前が貼られていて。そういえばスーツに名前が。 アイスクリーム屋の軒先に集う。3つも4つも食べるのだ。 なんかこう虚しいのである。淋しいのである。 だから?

第十九話

分散と不可侵 言葉の上では理解できるし、非常にわかりやすい表現だったが、妻の口から発せられたその語にはもっと深い意味があるはずだった。私はゆっくりと煙草を吸いながら続きを待った。 「つまりね」妻はアイスコーヒーの入ったマグカップを両手で抱え…

第十八話

私の妻はもともと音楽方面の仕事をしていたのだが、体を壊して第一線からは退き、それまでに稼いだ金で湘南に家を建てた。白塗りの壁に黄色の屋根で、三ヶ月に一度はカーテンの色を変えていた。 亀を数匹飼っていた。 「ちょっと、ヤスシ、悪いんだけど」私…

第17話

「逆らいながら逃げた帽子はそっと暗闇に隠れた、sunset 蘇えるあの日々はso long~」 松原真の新曲に私の妻が献詩したと聞いた時、私は何かよくないことが起き始めていることを知った。

第十六話

「それこそさ、バチバチで行っちゃえばいんじゃないかい」 「やっぱそう思う?」 「うん、それがいいと思うよ」 「でもそういうのって急になんかやるのも恥ずかしいやんか」 「そうか?別に恥ずかしくはないけど」 「私だけ特別なんかな?」 「いや、そんなこ…

体調不良の工員

工員は、原則的に、仕事を休まない。 そんなことをすれば他のラインとの調整が取れなくなるため工場の稼働率が下がるからだ。 しかし実際には、そんなことは起こらない。 工場は仮に工員が休んだとしても稼働率を下げることはないからだ。 つまり、誰かがそ…