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電話は鳴り続けていた。
「Hey, you answer the phone」オレは言った。「It should be James」
プレイステーションで『Jackie Chan's Stuntmaster』をしていたアカハゲはオレの方を振り向き、Fuck you. You do itと言って画面に顔を戻した。

窓から差し込んでくるオレンジ色の西日は、オレ達が確実にJamesとの待ち合わせに遅れていることを教えると同時にアカハゲの頭頂部を激しく照らしていて、オレは笑った。「You're shining, Man. Akahage」
それからしばらくいつもの取っ組み合いをしてお互い息も切れたところで、どちらともなくジョイントでも巻くか、ということになった。そしてまた電話が鳴り始めた。

一本目のジョイントを吸い終わると、オレは冷蔵庫からビールを取り出して、Bicのライターで栓を抜いた。
「オレはいいや」とアカハゲは言った。
「なんで?」オレはアカハゲの分のコップにビールを注ごうとしていた。
次のを巻くために煙草をばらしていたアカハゲは手を止めて、Well...と言ったきり黙った。電話は相変わらず鳴っていた。
 
「いい加減、出たほうがいいな」しばらく後でオレは言った。
「じゃあお前出ろよ」
「いやだよ。お前出ろよ。だいたいお前の友達だろ?」
「おいおい、そんなこと言ったら、お前ら、アジア人同士じゃねえか。こういうときの対応はお前の方が良くわかって・・・・」
「そんなことは関係ねえよ。香港人と日本人はぜんぜん違うよ。香港人と中国人も違う。わかるだろ?」
香港人と中国人は違う。それはわかる。資本主義者と共産主義者だ」そう言うとアカハゲは確信的に口の端を歪めた。笑顔のつもりなのだ。
「資本主義だからって文化圏もぜんぜん違うわけだし」
「I know I know」アカハゲはあえて罠にかかった俺を制して、Now you roll a next joint、と高らかに宣言すると、キッチンに向かった。辛ラーメンを作るつもりなのだ。
「オレの分には卵を入れてくれよ」後ろからそう言うと、背中でOKと言った。「アルデンテで」そう付け足すと、指でFUCK YOUと言った。

「それにしても、変な奴だったな。あいつ」オレ達は芯が僅かに残るくらいに茹でた辛ラーメンを啜りながら、テレビのニュースを見ていた。どこかの農村で河が氾濫したらしく、土砂の中に埋まった家とも呼べないような箱を指差し、老婆が泣いていた。
アカハゲは宙を軽く睨むと、Full moon baby, Full moon!と叫び、犬の咆哮をする『Jamesの物まね』を始めて、二人で馬鹿みたいに大笑いした。