第二十話

素敵な夢を。

そんな歌が流れた。
ここは有楽町だ。
私は仕事を終えてビックカメラiPhoneを買った。
目に留まったイタリアンレストランでサラダとパスタを食べ、コーヒーを飲んだ。
会計は6000円だった。
「いったいどうしてこんなに高いんだ?」私は店員に訊いてみた。
お仕着せを来た30歳くらいの男は、にやついた顔でもごもごと何かを口ごもり、そして「ありがとうございましたあ、またお越しください」と叫びにも似た調子で言うと店の奥に消えた。
取り残された形になった私には店で食事を取るほかの客の視線が集まっている。私はゆっくりと鞄に手を入れて買ったばかりのiPhoneを取り出した。
「さっき買ったばかりなんです。どうです、このデザイン。ただのパッケージだというのに心がすでに躍っています」
BGMがちょうど止まり、私は赤面した。

外に出ると首筋から汗が吹き出す。ハンカチをポケットから出して首をぬぐうと、京浜東北線のホームを目指して歩き始めた。前には5人のサラリーマンがゆらゆらと揺れながら嬌声を上げて、次の店行きましょー、次の店。いやいや、もう20時っすよ、奥さんに怒られますよ。馬鹿ヤロー、夜はこれからなんだよ。勝手にしてくれ。私は帰る。

ホームまで来るとやっと人心地がついた。喫煙コーナーまで来てポケットを探ると煙草を取り出し、火をつけた。その途端、電車が滑り込んできた。私はそれから2つ電車を見過ごし、2本煙草を吸った。
車内は空いていて私は車両の真ん中の一番端に座った。

いい夢を。
いい夢を。
いい夢を。
いい夢を。

目が覚めると横浜だった。家に帰るのが億劫になってしまった私はそこで降りてパシフィックホテルに投宿することにした。箱を開けてiPhoneを取り出したが使い方がまったくわからないことに気がつき、公衆電話から妻に電話をした。
しかし、家には誰もいないようだった。彼女が今晩外出をすると言っていたことをすっかり忘れていた。そして次に、亀のことを思い出した。

駅前でタクシーに乗り込むと湘南まで無言でいた。
色々なことを考えた。

1万円札を運転手に渡すと車を降りて一つ伸びをした。
妻はまだ帰ってはいないようだった。
キッチンの電気をつけると冷蔵庫からささみを取り出し庭へ出た。空には月が浮かんでいて、微かに星が見えた。池の傍に立つとどこに亀がいるのかを丹念に探してみたのだが、見つからなかった。私はあきらめて池のふちにささみを置くと部屋に戻ってビールを飲んだ。そして煙草を一本吸ってからシャワーを浴びて、もう一度妻に電話をしてみた。留守番電話のメッセージしか流れなかった。