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布原は時子と結ばれると、大学進学をあっさりあきらめた。
「なんかね、どーでもよくなってしまったんだわ。というのもね、大学ってのはさ、特定の会社に入るための資格センターみたいなもんじゃない?頭の良しあしでまず篩って、偏差値の高い人は上場企業、そうでもない人は中小企業って感じでね。なんだってそんなことになっているかというと、無駄なコストをかけないようにするためなんだよね。社会コストを減らそうよ、と。あんな面接程度でどんな人間かなんてわからないだからさ。
んで、俺みたいに二浪も三浪もしている時点で、すでに死ぬほど無駄って話だよ。
仮に受かったとしてもさ、それってその大学に現役で受かっている子たちと同じ能力といえる?
無理無理。
その辺のからくりに気が付いちゃって。それでまあうまいこと卒業して新入社員って顔して入っても、『あれ、布原さん、干支おかしくないっすか』とか同期に言われる羽目になるのも見えてたしね。俺はそういうの耐えられないんだよ」

時子は、それはそれは大した醜女であったが、布原は時子に夢中になった。
時子が初めての女で、また時子にとっても布原は最初の男だった。
二人は人間に備わっている神秘の機能に酔いしれた。
昼夜通して同衾するといったことも月に一度や二度でなく、半年もせずに時子は子を授かった。
二人は正式に結婚することにして、静岡県沼津市へ移り住んだ。
時子の父方の親せきが同じように鍼灸院をしているので、それを手伝わないかといわれ、一も二もなく飛びついたのだ。さらに言うと、ただの浪人生上がりの布原に、選択肢などといったものはなかった。

最初は受付や掃除などといった雑用から始めた鍼灸院仕事だったが、父方の親せきは子がないこともあり、布原をかわいがってくれた。家を借りる際には敷金を援助してくれ、鍼灸師の資格の学校の資金まで援助を申し出てくれた。
学校に行きながら鍼灸院でバイトする生活が始めり、春には子が生まれる。
布原は毎日夢中で、技術を磨き、試験の勉強に励んだ。
落第なんてしている暇はなかった。
とはいえ、資格のない身である。
できることといえば掃除、受付、データ整理くらいしかないのだが、布原はそこで自分に備わっている特異な才能に気が付く。ちょっとした待ち時間に患者と話していると、相手の考えていることが手に取るようにわかるのだった。

腰が痛い、腕が上がらない、といってきていた患者が、腕はいいから話を聞いてくれと布原目当てで通ってくるようになった。