頭の中の箱

 朝目が覚めると冷蔵庫までひとっ飛び。 グラスに氷を、 カラコロカラコロ、 ジンを並々、 サイダーを溢れさせ流しを汚し、 仕上げにレモンジュースを垂らせば、 トムコリンズの出来上がりです。
テレビをつけると扇風機を回し、 昨日を私は聴き始めました。
 「起こったことはすべてよいことだ」 と友人の一人が言っていましたが、果たしてどうでしょうか? 政治家の汚職、 未成年者の犯罪、 耳を疑うような奇妙奇天烈摩訶不思議な事件が、 毎日毎日、 津津浦浦で発生していて、 こんなものではトムコリンズを美味しく飲むことなど不可能です。 テレビは止して、 CDプレーヤーのスイッチを入れて、 私はレディオヘッドの「High and dry」を聴きながら、グラスの中身を飲んでみたけれど、 やはり気が滅入るばかりで、 結局、 扇風機の音だけを頼りに、 私は昨日を聴いてみることにしたのでした。

 昨日はこんな一日でした。

遅くまで仕事だったので家に着いたときには、 もうすでに0時を回っていて、 何をするにも億劫だったので、 お風呂を沸かして入りました。 過重労働御苦労さま、 自分へのご褒美ということで、 私は湯船に入浴剤を投入し、 それは檜の香りでした。 湯につかると、 体の節々から疲れがにじみ出てきて、 図らずも私は 「ああ、 いい湯だな」 と凡庸きわまるため息にも似た声を漏らし、 一汗を流すと、 体から先に洗ったのでした。 いつであれば髪の毛、 体、 顔、 そして髭をあてる。 どういうわけだか、 この法則を仕切りなおしてみたくなったのでした。 (だからといってとくに何かが変わったというのではない、 とその時分までは、 考えていたのでした)

風呂から出ますと、 シェーカーに人を少々、 ローズのライムジュース少々、氷を、カラコロカラコロ、 シャカシャカシャカシャカ、とやって、 ギムレットを拵えて、 しとど流れる汗を拭きながら、 一杯二杯とやるうちに眠気が襲ってきました。 
着替えて床に入ると、 脳の裏側辺りから、 心地よい酔いが私を眠りにいざなうのでした。 今日一日を反芻しながら眠りに入ろうしたその瞬間でした。

頭の中の段ボール箱の蓋がどうしても閉じようとはせず、閉じては開き、閉じてはまた開き、私は気がつくと3時を回っても眠ることができなくなっておりました。 不思議な体験でしたが、人に相談すると、それは特段珍しいことではない、 心配するな、 と言われて、 安心し、 また一杯トムコリンズを作るのでした。