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その兆候をいち早く察知したのは、NASAの観測隊だった。厳密にはNASAにそんな隊は存在しておらず、「我々にはチームプレイなどという都合のいい言い訳は存在せん。 あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ。」という荒巻課長の言葉通り、彼ら「観測隊」とされてはいるものの、先進6国の地勢学者、物理会社、哲学者、宗教者、社会学者、作家で形成されており、独自のネットワークで同じ情報を得たのちに電話やe-mailでやり取りをし、3日後にはニューヨークに住む哲学者の庵に一同に会し茶や珈琲、そしてあるものはビールやブランデーを飲んでいた。ワインを持ってきたものもあったが、これが終わってからにしよーや、と誰かがいい、皆がそれに賛同した。ゆるく酔っ払うには事態は急変に過ぎたのだ。

独自の見解をぶつけ合い、宇宙に張り巡らされた信号を解読し、無数に飛び散る星星の動きを計算し、スクリーン上に並んだ計算式だけを頼りに、一つ結論=ここには六人いるから、6つの結論で独自の結論を出した。
 フォートナムメーソンのオレンジを薄く入れてレモンピールを乗せたウェッジ・ウッドのティーカップを揺らしながら、ハーバード大学で教鞭をとる哲学者は深くため息をついた。琥珀色した紅茶の上に波紋が生じ、薄く切ったレモンの皮が揺蕩う。満タンの灰皿の一角が今まさにいずれ落ちようとする頃に、誰が「ラーメンをクオ・・・食べたい」と言いなおして、小休止に入った。

ダウンタウンの日本人が経営する「dongara ramen」でpork and shrimp noodleを前に六人は大きなため息をまた一つついてから、各々箸をとり、ずるずると音を立ててそれをすすった。
「どうしたらいいのかしら・・・」ケンブリッジ大学の物理学者はサウスロンドンの黒人アクセントを隠さずそういった。もはや彼は自分が黒人であるとか貧困の出身であるとか、ベジタリアンであると公言しているが実は2日に一回ベーコンを食べることを楽しみにし、細君と6歳になる子供を持ちながら実はホモでかつレズビアンという複雑なその性癖や境遇すらもどうでもいいことのように思えた。「これを知らせるべきか、なのよね」
「知らせるべきさ。知ってしまったからには」答えたのは社会学者のフランス人だった。「人類が滅びるかもしれないんだ。知らせなくてどうする?俺たちだけで隠すにはことはあまりに大きすぎるし、第一これで滅びるかどうかは今後の対策にもよるだろう?」
「じゃあどうするつもりなのよ。相手は隕石じゃないのよ。アルマゲドンみたいに、ってあんな風に宇宙に飛び立ってどうのこうのなんて夢物語をここの誰もが信じているとは思わないけれど」
「それをこれから考えるのが人類、っていうか、こうなんてのかな、ストーリーでいうところの葛藤だろ?葛藤なくしてストーリーもアクションも生まれないんだ。つまりお話にならないわけだよ」
「この甘ったれの文学かぶれが」
「なんだと、この性倒錯の大ウソツキが」
「言ったわね」
「やめなさい」インドからきた宗教学者が言った。「そういうことをするために集まったわけじゃない。もし続けたいんだったら、7年後地球が滅びたあとにやりなさい」
箸を逆手につかんで社会学者に襲いかかろうとしていた黒人物理学者は肩をうなだれて、ごめんなさい、と言った。いやいいよ、俺こそすまん、とフランス人は言った。