静かに壊れた

コーヒーラウンジ。
男と女がやるせなさそうにコーヒーをすすっている。
「おい、小夜。昨日さ、俺のプリン食ったろ?」
「食べてないよ。だいたいプリン買ってないし」

黙り込む二人。妙に重い空気で。
「小夜、煙草持ってる?」
「さっき、買ってなかったけ?あれ、買ってたよ。そこの自販で」小柄で痩せた小夜と呼ばれた女は男の背に位置する自販機を指差す。
男は振り返り、あ、そうだった、忘れてた、とかなんとか言いながら急いで自販機に戻るも
煙草は発見できなかったらしくポケットから小銭を取り出してマイルドセブンを買う。

「なかったの?」
「は?」
「煙草」
「いや、あったよ。これは予備に買ったの」と言いポケットからもう一つマイルドセブンの箱を取り出す。

「お前さ、なんで人のプリン勝手に食うわけ?」
「はあ?あたし食べてないってさっき言ったでしょ?」
「食べたって言ってたジャン、さっき」
「言ってないから。ヒロシくんさ、健忘症ってやつ?」
「いや、さっき食べたって言ってたって。小夜こそ、頭打ったんじゃない?」
「言ってないから、マヂ言ってないから、食ってないって言ったじゃん」

ヒロシと呼ばれる男はタトゥーの入った右腕を左手で丁寧に擦ると
マッチ、と女に右手を差し出す。女はバッグからライターを取り出すと男に渡す。

「人のもん勝手に食べるのは、どーかなーって思うよ、お前の金で買ったとしても」
女はついに激昂、食ってねぇっていってんだろ?おかしんじゃねぇの?と怒気をはらんだ声で返す。
「お前がさっき食ったつったから、俺はここまでお前を追及してんだろ?」
「おめぇの耳がおかしんだろ?ひつけーよ、男のくせに」

男は2口煙草を吹かすと真っ白な灰皿に押し付けて、2本目に火を点ける。「絶対言ったって」
「はあ?あんたちょっといい加減にしてよ、食ってないっていってんじゃん」
「じゃあなんで俺がここまでお前を問い詰めなくちゃならないわけ?俺の頭が変だって言いてぇの?」
「別に変なんていってないじゃん。でもヒロシくんおかしいって、あたし絶対言ってないもん」
女も自分の煙草を取り出し机の上においてあるライターで火を点ける。薄荷煙草だ。

「たかがプリンじゃん。食ったなら食ったでいいじゃん。俺が言ってるのは“勝手に”食うなって部分だよ。食った食わないは別にいんだって」
「だーかーらー、食ってないっていってんじゃん、ちょっとおかしいよー。もうねぇ、あんたさ」
「お前がさっき食ったつったから、ここまで話が進んでんだろ?お前こそいい加減にしろよ、コラ」

女の先ほどまでの確信はここで揺らぎ始めた。
(え、あたし言ったけ?確かにヒロシがここまでわけわかんないこと言ったことないし)

小夜は静かに壊れつつある。