本当の不安の話をしよう

拝啓

いま、あなたはいままであなたが欲したすべてを手に入れている。

仕事、家庭、健康、安定。

もちろん、取り返しの付かないものごとは諦めなくてはならない。
例えば、失ってしまった足のことや、大切にしていた時計、亡くなってしまった祖父、祖母などは。
その理由はいちいち説明されないでも、あなたはよく知っているはずです。
それらはどんなに願っても、帰ってはこないから。それはひどく悲しいことだけど。

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さて、いま一度自分の周りを見回してみてください。

あなたを恨んでいる人はいませんか?

あなたは誰かを悲しませていないか?

あなたは誰かを裏切ってはいないか?

ここが肝心です。あなたを包み込んでいる現状を、もう一度よく観察してみてください。
そしてあなたがそれらに対して誠実に接しているか、考えてみてください。

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ここまでやってみて、それでもまだ不安なあなた。
いや、やってみたからこそ、不安になったあなたには、まだ十分、幸せになれる余地は残っています。

ちょうどそれは塗り絵みたいなもので、注意深く観察してみれば塗り残しに気が付くはずです。
あなたは善意とよばれるペンを片手に、そこにあるべき色を載せる。丁寧にはみ出さないように。

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絵は完成しましたか?どうでしょう、一歩下がって絵を眺めてみてください。
バランスはいかがですか?

何か違う?どこでしょう?どこがどう違うのですか?

不具合に気が付いたら、またペンを片手にそこを塗りなおしてください。
今度はちゃんとペンを選んで、決して塗り残しなどないように、細心の注意を払って。

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でも、まだ足りない、何かがおかしい。
今度は間違いなく、バランスが良くて美しい絵になっている。
でも、何かが違う。

あなたは夜も眠れず、満足にご飯を味わうこともできない。
朝起きるのも辛いし、人と話すのも億劫です。

どうしてだろう?

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やっとあなたの抱える不安にたどり着いたようです。

さて、どうしましょう?取り除きますか?それとも応急処置をしますか?

問題は、どちらにしてもあなたと不安は不可分だという事実です。

あなたが不安を掴んでいるように見えるし、不安があなたを覆っているようにも見える。

どれだけ客体化してあなたがあなた自身を見つめても、あなたは自分を正確に捉えること
などできない。それは(悲しいことだけど)現実です。

ちょうど失われたものが決して帰ってこないように、時としてあなたを包括してゆるぎない自信に
繋がるあなたの自我が不安そのものだからです。

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本当の不安の話をしよう。

それはあなた自身の自我が、不安定になっている状態のことです。

そしてそうやすやすとあなたはあなたの自我を越えることができない。
ちょうど、0時になると襲ってくる眠気をあなたが振り払えないように。

                      *

本当の不安の話をしよう。

本当の。

敬具