ボクという人間について語る場合、水口■●子について語らないわけにはいかない。
それがボクのリビドーだからだ。
情けないことに、ボクの性衝動は相変わらず彼女を起点にして動き続けている。(彼女は)振り子の支点のようなもので、彼女なしにはボクの感覚は動かないし、また彼女を境にボクの美醜の基準を分けていると、未だに信じて疑わない。
ゆえにボクは ――― 彼女と離れて10年以上経過するのにも関わらず――― その苗字を聞いただけで(赤の他人にも関わらず)恐れおののいてしまう。まったく空恐ろしい。
また■●子という名前の方にも恐怖心を持っており、以来、同じ名前の女性を避け続けてきた(というか、幸運なことにまだ出会ってはいない)。
しかし向かい合わないわけには、否定しない訳には先に進めない。そう解ってしまった以上、避けては通れない課題。
久々に緊張している。
まあ、先へ進もう。ボク自身がボクのアートだから。
彼女は、美しかった。
ボクの美観のすべてを形成しているといって過言ではないほどに、完璧な美しさを持っていて、そして人間的にはものすごく片輪だった。
ぱっと見は、どこか虚ろで寂しそうな印象を受けるが、繊細で父親思いだった。
身長は167,8センチ。すらりと伸びた足、ストレートの黒髪(彼女は時にそれを三編みしていた)、水泳部だったからか、薄っすらと黒い肌(東南アジアに行った時に必要以上に女性に興奮していたのは、彼女の肌のそれと決して無関係ではなかっただろう)。
切れ長で奥二重の日本画に出てきそうな含みのある誘うように流れる目じり、顔全体を損なわない程度に自己主張しているよく通った鼻筋の下に、性を前面に突き出したように艶やかな唇を清楚に二枚重ねる、口もと。
ボクは彼女と口付けを交わす度にその匂いを探った。歯の隙間に舌を這わせ、徹底的に唇吸った。乳房を乱暴に掴み、股間を味わった。
彼女の乳房も割れ目も、否定しようがないほどに整っていた。陰毛は慎ましく陰茎を隠す程度に生えていて、その毛の一本一本でさえも、彼女から発したものならば愛しかった。もちろん、ボクには、という話だ。
しかし彼女は去った。ある日、突然去った。
ボクの人間不信はココを起点に始まっている、といえるかもしれない。
彼女は、有体に言えば、ボクを捨てた。
つめの先から髪の一本一本にだって、美を感じ取り慈しもうしていた、ボクは行く先、向かうべき先を失った!
彼女の性格なんて一顧だにしなかったボクは、文字通り、破壊された。彼女の美しさをボクはもう十全と味わうことができない。ああ、なんて恐ろしさだろう。
その時、ボクの魂は、彼女の為だけにあったのだ。
ボクという存在は彼女の前ではゼロだった。しかしそれは決して彼女の性格に惹かれていたわけではなく、純粋に彼女の美しさ。それだけに、惹かれていた。
美しさ。
これを恐れる。それは価値観をゼロにしてしまう力を持って、人間性までも、破壊し尽くしてしまう。
美しさ。これを恐れる。
説明を許さない妥協なき、変化は日々、日々に磨かれて、鋭利な美しさを一層尖らせる。
美しさ。
賛美する。ここに賛美する。美しさこそ、完璧にして、唯一無二のもの。
美しさ。これに跪き、忠誠を誓う。奴隷として。
永遠の奴隷として、哀れまれる奴隷として。
水口■●子、永遠なれ!