14話

家族を捨ててから数年後、大ちゃんは2種免許をとって介護タクシーなる商売を始めた。Facebookでその情報をみた俺はあきれてしまった。自分の家族も救えないやつが、人の世話だって?悪い冗談かよ。

数日後、たまたま真と洋平を会う機会があったのでそのことを伝えると真がいった。「介護タクシーええやんか。がんばってるな、大ちゃん」ポジティブな話題のように語る真をみて、言いようのない怒りが突然溢れてきた。
「別に誰が何の商売をしようが勝手だけども、自分の家族の面倒を見ないやつが、他人の介護するって発想が俺にはわからんがね」
真は明らかに鼻白み、
「なんでそんなこというねん。友達やんか。俺は大ちゃんがどんなことをしてても応援すんで。お前らかてそうや」と自信たっぷりに返す。

ワンピースをこよなく愛するこの男の価値観は少年ジャンプの世界から抜け出ていない。
友情、努力、勝利―――――そんなおとぎ話みたいな白飯をどんなおかずで食べるのだろうか。やはり愛は世界を救うとか、戦争がなくなればみな幸せとか、そういう無化調無添加ジョンレノン料理なのだろうか。

今思えば、前後の事情を全く知らない真がそう反応したのは仕方のないことだったのかもしれない。
ただ、他人の意見に不可解なことがあれば、その理由を問うの最初に行うべきアクションである。それが親しい仲間であれば猶更で、見解の相違が、「価値観の違い」から生まれたのか、はたまた「倫理観が違い」から生まれたのか、を確認しないで事を進めると、それは思いもよらぬところへ着地する。

「がんばってる人くさすようなまねやめろや。それにな、家族のことは家族にしかわからへん」真は煙草を取り出すと吸い付ける。
俺も止まらない。
「それはどんな家族にも事情はあるだろうけど、家族の面倒を放擲して宗教狂いに走るのは、お前的にはありなの?」
真は一瞬天を仰いだが、すぐにこういった。「きっと俺らにはようわからん事情があるかもわからんやんか」
「家族を捨てて、結局それ?って話だよ」
「そういう話なんか、これ?」
「まあまあ、無事に生きてるってわかってよかったよ」洋平は毒にも薬にもならない言葉で締めようとする。
この話は結局収まるところがなかったが、俺は真の考えというものがわからなくなっていた。
大枠では、人を認め、人を愛しているようなことを言うが、この男は何も見ていない。

どんなことをしてても応援する?
がんばってる人をくさすな?
家族のことは家族にしかわからない?

思考停止したい人の言葉のオンパレードじゃないか。

俺は・そういう言葉が・大っ嫌い・だ。

もちろん大ちゃんだって霞を食って生きてはいられないだろう。だが、彼は銀のスプーンを売るほど持っている男で、いざとなっていない。背水に立っていないものが、愛とか平和とか自由とかそういう寝言をほざくのが俺には耐えられないし、ほざくだけほざいて、自分の家族を犠牲にしているというのも、たいそう厄介な話じゃないか?