15話

かつてケルベルロスは言った、地獄の入り口には道標がない、と。
俺たちはそうとは知らずにいつの間にやら地獄に迷い込んでいたけれど、そこが地獄の入り口だとは誰一人気がついていなかった。
これは考えようによってはとても面白いことで、地獄にいること気がつかなかった俺たちにとってそこ、地獄は、少なくとも地獄ではなくなってしまうのだ。
つまりそれはエジソンのいうところの、真空の中の空気であり、アリストテレスでいうところの、無自覚な葡萄酒に他ならない。
そして言わずもがな、地獄のほうは最初からはっきりとそこが地獄であることを伝えているのだから、地獄側に罪はない。

俺たちは、浅学にして傍若無人だったので、地獄の中でも最もやっかいな場所に迷い込んでいることに、文字通り、微塵も気がつかなかった。誰の警告にも耳を傾けず、その緑の家という名の坂道をひたすら転がり落ちていた。

一番最初に抜け出した真は、生来の健全さでそのいかがわしさ、うさんくささ、トイレの汚さを感じ取った。それはそれだ。

ただ、単にそれだけでは済ませられない事情が発生するのはそれから10年後だ。