吸野菜鬼

まずおれは煙草を買いにでかけたんだった。5月1日になったばかりのコンビニに着くと、見る気もないのに雑誌のコーナーに足が延びてしまった。だって、まるで拉致監禁されてるみたいに包れて縛られて床に転がされている雑誌にはさ、可能性のオーラ―がゆらゆらと漂っているじゃないか。

触発されてつい読みたくもない本を手に取ってしまう。何回かのハローグッバイを繰り返していくうちに、それは見つかる。手にした瞬間から俺にはわかっていた。二人は出逢ったのだ。そんな本と出会ったとき、俺の幼少時代の追体験が、記憶の墓から蘇ってきて、俺を無邪気で無責任な吸野菜鬼に戻してしまうことがある。本の方から誘いかけてきた。キツイ香水の匂いと汗の混じった熱気が放物線を描いている。とぐろを巻いた本が今まさに噛みつこうとしている。俺の借り物の財布に向かって、いやーん。


俺はITOENの25種類の野菜を買った。ぶ厚いストロを袋から破る手もモドカシク、ついには力を込めて引きぬくとすぐさま口に宛がった。それはキスなんてなま優しい接触ではなく、どちらかといえば咥え込んだと表現すべき凌辱行為だった。俺は左手で雁字搦めにして逃げられなくしている紙製の角ばった箱のこめかみあたりにあるに銀色の処女膜を咥えたストロでじわじわと貫き、引き裂いた。 軽く一吸いすると、口中には濃厚な酸味と甘みが押し寄せてきた。 唇をゆがませるほど頑丈なそのストロは俺をますます野蛮な吸野菜鬼へと駆り立てている。人目を無視してジュルジュルと音を立てて一気に飲み干すと、そいつをレジの下のごみ箱へ放り投げた。 カサ、とビニールが少し揺れただけで、それから何の音もしなかった。

金を払うと出逢った二人の本を抱え、家路を急いだ。可能性。可能性と鼻歌を歌いながら。

部屋に戻り、椅子に腰かけると、背もたれに身体を預け、天井を仰いだ。
そして小さなゲップを一つした。もう俺は吸野菜鬼じゃなかった。

あら、煙草買うの忘れてた。心の中でそういった。あら、煙草買うの忘れてた。