渋谷で工場員

Laptopとはいったもので直訳すると「膝の上」という。今PCを膝の上にのせてこれを書いている。書いているのは工場員だ。どこにでもある、なんということのない、全く普通のごくごく一般的な意味での工場員。名前はまだない。

工場員は今日渋谷に行ってきた。「宇宙人ポール」というお馬鹿映画を観てきたのである。映画を見終わり、感想を思う間もなく、一緒に観に行った友人の相談話が始まり、工場員、不覚にもその話にのめり込み、帰りの車中では最近はまっているiPhoneのゲームにのめり込み、永田町でおりるところを隣の駅まで行き、また戻って南北線に乗り込み、帰ってきたら0時を回っていた。


友人はなにやらちょっとした出会いがあったようで、うきうきしながらもどこか腰の落ち着かない様子で、その女のことを話し始めた。
「会社の飲み会で女の子が何人かきてね。そうそう忘年会だったんだよ。それで男達は同僚だからさ、みんな勝手知ったる仲なわけだけどもどういうわけか女の子達は全く互いを知らないのが集まっていてね」不可解な話で工場員はちょっくり身を入れてきくことにした。
「そういう訳で女どうしはぜんぜん話しをしないもんだから、男が女を口説く体フォーメーションが出来上がっていて、俺の隣にも一人女がついたのよ」だんだんと話が核心に迫ってくる。そこはイタリアのカフェを意識した井の頭通り沿いの3階建ての喫茶店で、工場員と友人の隣には着飾って重々しくなっている主婦四人組があーでもないこーでもないと映画のパンフレットを片手に映画談義を繰り広げていた。工場員はタバコに火をつけて友人に水を向ける、ふんふんそれで?
「で、んで、まあ、」言葉濁す友人。
「で、お持ち帰ったわけね」工場員が察していうと、友人は顔を赤らめる。
友人はどちらかと言えばかなり有名な方の企業で働いており、ボーナスがおりたとかでベルギー人デザイナーの洋服屋でウン十万のコートを買うくらいだから金に困っていると言う風ではないのだが、どうやらその女はアメックスのブラックカードを持っているほどの金持ちだという。
「きている物なんかもシャネルやらヴィトンやらで一品一品は高いんだろうけど、なんというかさ」また友人の顔が曇る。
「似合ってないの?」工場員はインタビュアーばりにそうきいてみる。
「有り体にいうとね。組み合わせというか、そもそも美観というのが備わってないみたいなんだ」腕を組んで少し俯いた。
「でも顔はその小粒なわけだね?」少しでも会話を明るくするために道化の工場員。
「うん、ぱっと見は可愛いな」
それから話は彼女の素性に及び、それが全くもって謎であることがわかる。
「仕事は?って訊いたらさ、ペーパーカンパニーで働いてるって。親の何かだって話だけど、実のところは全然わからない」
工場員はつたない知識の中から、その女は少々危ないのではないだろうか、といったような提言をするに留めたが、実際のところそれは彼の勝手だし、工場員もそこらへんのことがよくわかっているから、あまり口を出したくはなかったが、工場員の知人でそういった謎の女と絡んだ結果、半死半生、いやほぼ全死辛うじて生みたいな目にあっている人があったこともあり、止めておいたらよかろうかというというところに結論を持っていくとやっぱりそうか、などと頷いている。

工場員と友人は外に出て、渋谷駅までの道のりを身を屈めながらちょかちょかと歩く。
「でもあれだな、もしセーフなやつだったらさ、大金持ちになるチャンスだな」工場員はいう。
上の空だった友人は空を見上げながら、うん、まあという。
「でもまあ、詮索はしない方がいいと思うぜ」
「どうして?」我に返った友人が工場員を不思議そうにみる。
「だってさ、詮索なんてしないだろう?俺は詮索したことなんかないし。する?詮索?」
少し考えて、いや、しない、と友人はいう。そう工場員も友人も他人の詮索なんて頼まれたってしたくない。だって、そんなことは詮無ないことだから。
横断歩道には人がごっちゃりと溢れかえっており、赤や緑やヒョウ柄や虎柄やゼブラ柄やらヘビ柄の服を着た老若男女が道を塞いで、げらげらと笑っているかと思えば10日もお通じがないのか眉間にカッターで刻んだようなしわを寄せて呪いの言葉を吐きながら周りの人にガンガンぶつかって人ごみに消えていくのやらなんやら、今日も日本は平和である。工場員はハチ公前で友人と別れた。「じゃ、またな」「うん、じゃあまた」