初恋っていいもんだよね

工場員は小学校4年生のころ、転校してきたある少女に恋をした。
個人宅が鬱蒼と立ち並ぶ町内を出て、学校へと向かう朝、今じゃコンクリートの中で育てられている田んぼの塀のわきをすり抜けると十字路に出る。小川が流れている、十字路。で、工場員と少女は初めて出逢った。心を奪われたのは工場員のほうだった。工場員は14歳で、もうまもなく15歳になるところだった。

それから19年後、工場員と少女だった彼女は品川のアロマクラシコで食事をしながら、これから見る映画についてひとしきり話しをすると、結局どこにでもありそうな、恋人同士の会話を楽しんだ。互いを持ち上げ、いいところばかりを指摘し、不思議で不可解な何かを探り出して、太陽の下へ差し出す。工場員も彼女も、そこに時間の経過を見ないわけないはいかない。

二人は映画を見終わると品川の交差点で立ちすくむ。工場員は背中に建っている品川プリンスに部屋を取る用意は整っていた。信号が代わり、工場員のほうが少し遅れて歩き出す。彼女の背中に何かのサインがないだろうか、そんな事を考えながら。一度の伸ばしかけた手を引っ込めて、二人は仲良く改札でさよならをした。