the sixth story ~差詰モアイ~

「君、ローラースケートに乗ったまま、ユンケルを飲んだことあるかい?」
僕は瞬間、無表情を顔面一杯に覆いつくせずに、眼が宙に泳いで、ケッという顔をしてしまった。
相手はレジにいる店員の僕に目もくれず、伏せ目で笑って言った。「君、あけてくれるかね?」
この小社長、6本入りの箱に入ったユンケルを買ったのに、レジに来てお金を払うとすぐに僕に指図した。箱ごと買ったのに、いまここで一本飲むのか。
栓をきって手渡すと、小社長ごくりと一本飲み干した。
「ええ?」最後の一滴を飲みほし、慣れた動作でゴミ箱まで三歩歩いてがちゃんと空き瓶をほうると、顔をあげて、初めて僕の顔を見ていった。「君、見ない顔だね、新しい顔だね。」

ここは、三丁目商店街。
4月からの僕の配属先さ。見慣れない手作り団子の看板や、ケーキと同じ値段の200円のチョコレートが売っている洋菓子屋や、1個100円のコロッケが売りの惣菜屋や、新装開店して街の雰囲気には今一歩マッチせず、三軒となりのしなびた薬屋に客足をとられているドラックストアが立ち並ぶ、街の小さな小さな、それでも生活に事足りる、便利な商店街だ。

「いやあ、いやいやあ」一人空を見上げて、まぶしそうに目を細めて小社長は眩しい表に出て行った。
咲いた桜の花びらが、春風に乗って地上すれすれを舞っている。もしかしたら、一度地面に落ちた後、また、とばされているのかもしれない。
「これ、そこに並べておいてね。」「はい。」

いま、仕事で店員をやっているが、僕は、もともと接客に向いていない。だが、学生時代に初めてやったコンビニの店員で、めちゃくちゃ無愛想でもバイトに差し支えは無いとワカッタ。そういう思いから、僕の接客は、無表情な機械でもできる仕事だと、苦手意識を取り除くよう、判断するようになった。
そして僕は、嘘っぽい、はりついた笑顔でドラッグストアに就職した。
最初の一年は、大きなスーパーの一角が、僕の職場だったので、モアイのような無表情でやっていても、めずらしいことでもなんでもない、ただのスーパーの風景に溶け込んでいるだけのことだった。だから僕は、お客に関心を持たなかったし、持ちようもなかった。

だがどうしてだろう。この小さな商店街に来てからは、やたらお客が話しかけてくる。
「ええ!?昨日はここに置いてあったのに!!」僕を見ない顔だとも言ってくる。
「すいません、その商品はこちらにあります。」3日をあけず、同じお客が来たりする。
モアイ。
小社長って呼ばれてるあのおやじさん、小がいるなら大もいるのか!?
モアイ。
ああ、わからない。小さな町のはずなのに・・・。
モアイ。
だめなのか・・・。
モアイ。
わからないのに、まざれねぇーよ。
・・・知りたい。

ガガガガアガガガガアガガアガガア。
「最近、いつも道路工事の音がうるさいですね」
「・・はあ・・・。」
今日も僕は、差詰モアイで、この商店街の、そうあの新装開店のドラッグストアのレジに立っている。