第二十三章

漆黒の闇は少しずつだが、羊を蝕んでいった。

白くふわふわとした羊毛は、墨でも落としたようにじわりと暗闇に染まっていった。

「怖い」羊は声に出してみる。「誰か助けてくれ!」

しかし羊の声は響かない。恐ろしく響かない。
しばらくして羊は立ち上がってヨロヨロとおぼつかない足取りで空間を進み始めた。

どこへ行くんだ、羊?
一体どこへ?

羊はもちろんその答えを知らない。まだ、知らない。

頭の中に傭兵の声が木霊する。
「君は消耗の過程の中にいるんだ。君は無になる」

確かに、羊は「Club cave211」で首を吊った。
しかしその動機、というか、羊はまだ自分が死んだことにすら気が付いていない。
羊はある時、まったく自分の意思とは無関係にそこに足を運んで首を吊ったのだ。
だから羊はその事に、恐ろしいほど無自覚なのだ。

例えば、あなたが朝起きて同じ空間で目を覚ましたとしよう。

一体、あなたに何ができるのか?
人生の意味だとか、幸せとは何か、なんてあなたは考えるだろうか?

いや、考えない。考えられない。

助けを請う。そして諦めて歩いてみる。どこかへ。

これ位しか、今の羊にできないことを、どうか責めないで欲しい。