第二十二章

羊は暗闇の中にいた。
いたのか、あったのか、判然としない。
暗闇の中にあった、という方が適切かもしれない。
羊は暗闇の中にあった。

うん、この方が適切だ。アプロプリエイト。

記憶は不鮮明で羊を動揺させた。

ところで暗闇で目を覚ましたことがある人は何人いるだろうか?

ボクはある。
香港でチャンキンマンションに泊まったときのことだ。
薄暗いホテルの一室。常宿者だろう、家族で泊まっている黒人のファミリー達が何語かわからない言語でボクのことを話しているのが、なんとなくわかった。
一月のことで、日本ではコートが必要だったが、香港では長袖一枚で大丈夫だった。香港人はコートなどを着込んでいたが、ボクにはとても暑苦しくみえたものだ。六本木で冬でも半そでの白人は、きっと旅行者に違いない。



なのかどうか不鮮明だが、とにかくアラームが静寂を劈いた。
その部屋は真っ暗でまったく光の差し込まない部屋だった。ボクは目覚ましを探し暗闇の中を右往左往し、結局扉を開けて、時計を探さなくてはならなかった。

あの感じ。

羊はあの感じを味わっている。
しかしボクとは違う。
羊には扉もなければ、点けるべきスウィッチすらないのだ。無限の暗黒。

羊はいま、閉じ込められている。いや、無限の空間に、ただある。いつまであるのか、誰も知らない。お腹が空いたら、どうするのか?のどが渇いたらどうするのか?急に温度が冷えたら、暑くなったら、どこへいけばいいのか?

羊は何もしらないで、ただ暗闇の中で怯えていた。