the 15th story ~カボチャポイント・月光浴~

サーフィン

この音に取り付かれたのが27歳の冬だった。
サカモトという先輩がオーストラリア放浪の旅から帰ってきたのだ。カレの目的はサーフィン。
サカモトは言う。

「波を感じるんだ」

もちろん、その意味はボクには伝わらない。

「波を読むんだ」

波を読む?

「自然を感じるためには経験が必要だろう?」

経験?

すべては未体験ゾーン。ボクにはわからない。だがサカモトは構わず続ける。

そこは寿司屋だった。友人のカメラマンの撮影に突如昼間借り出され、間に合わせの人員で始まった撮影に偶然サカモトは居合わせた。カメラマンがおごってくれるというので撮影前に寿司を食い行った席でのことだった。
「おお、久しぶり」というサカモトは一年前放浪の旅に出たときよりもはるかに精悍な顔つきになっていて、ボクを驚かせた。
この驚きは、久しぶり!の驚きとは違う。自分の予想が大きく外れた時の、驚きだった。

31歳で銀行マンを辞めて、サーフィンの旅に出たいと言ったサカモトにボクは強く反対した。「ちょっと考え直しなよ」
しばらく考えてサカモトはゆっくりとこう言った。「いや、俺は行くよ。だって、人の金数えて生きていくなんていやだもの」
銀行家の兄を持つボクとしてはなんとも感動的な一言であったが、正味のところ、まあ1年位経ったら泣きいれて日本社会に戻ってくるのだろう、くらいに考えていた。
しかしサカモトは戻ってこなかった。
そして戻ってきた時には身体中にエネルギーが満ち溢れていて、その後日本のサラリーマン社会に入ってセコセコと働いている自分より数十倍輝いて見えた。ただ、そう見えただけなのかもしれない。彼だって、彼なりに苦悩や地獄を味わってきたのだろうが・・・。

「海に行こう。説明できないんだ」サカモトはゆっくりと寿司を食みながらビールを煽って言った。
「いや、そんな簡単な動機で自分は動けないですよ」
「理屈じゃないんだよ。いいよぉ、海は。君は波のリズムを身体で捉えるんだ。そしてそこに自分を合わせるんだよ。でもその波に乗っている時はね、君・・・」

気になる沈黙の後にサカモトはこう言い放った。

「波は君のモノなんだよ。そして君は波になる。波を感じて、波も君を感じる。コミュニケーションだ」

カボチャ・ポイントで月光浴。

してみたいと思う、秋の夜長。