the 14th story ~ 敢えて上へ~

赤貧という言葉が象徴しているように、貧乏とは
擦り切れて、血が滲む、靴擦れ。
靴に慣れるか、新しい靴を買うために働くか・・・。

男は貧乏をそんな風に考えていた。結局、いつかは換えなくてはならないのだ。
なぜなら、足は日増しに大きくなっていくから。

朝7時20分。
吝嗇な兄がくれた唯一の誕生日プレゼントの壁時計に目をやる。銀のアルミで縁取りされていて、白い文字盤に黒い秒針と数字が鮮やかに光っている。

もう、朝か。
男は、カーテンを繰る。予想に反して外は鮮やかなブルーに包まれていた。それは人工的ブルーの網戸が見せてくれた、一瞬の非現実だった。乾いた眼球にそよ風が流れ込む。

後、1週間か。

男はここ3ヶ月間ブラブラとしていた。
朝眠る日。一日中映画を観る日。
毎日大体食べすぎで、男は成人病にかかる心配すらも考えねばならぬほどだった。

しかしそんな日々もいくつかの思い出と共に消えてゆくのだ。

貧乏が終わる。男はそう考えると、ちょっと震えた。未来に震えたのだ。
経験上、何かを得たら何かを失うことを知っていた男は、貧乏を失う代わりに自分が得るであろう何かに畏怖した。震えが収まると、去っていく貧乏に向けての餞の言葉を考えた。

「君がいなくなると人伝に聞いて、本当に寂しく思っている。
覚えているかい?食パンとコロッケと千切りキャベツって生活が
続いたときのこと。僕は鮮明に覚えているし、別にまた君と一緒に
ドラフトワンマグナムドライどっちがうまいか、なんてつまらない
競争に精を出すことにやぶさかではないよ。
君がいないと、本当に寂しい。
でも、仕方が無いそうだ。
大人にならなくちゃいけないんだよ。

大人ってあれかい?あの、スーツ着て、名刺をぴっとか出して、
~と申します!とか、言うのかい?

そんな君の言葉が聞こえてきそうだ。
でも、そう。
僕は君と別れて、大人になるんだ。

ああ、言い忘れた。
とても大きな会社だよ。日本で知らない人はいないよ。
給料だってとても良い。

見返りだって?
君が僕に求めたもの、そのものだよ。

でも本当は行きたくないんだ。
上に向かったって、本質的には何も変わらないからね。
変わるのは周辺状況だけだよ。

あの時、君に叫んだ僕が僕なのに。



僕はね、まだ君が好きだよ。

でも。

さようなら。」