8話

土曜日の朝、俺の部屋の扉がノックされた。
「誰?」前日も遅くまで酒を飲んでいたから少々不機嫌。我ながら声が尖っている。
「俺。しんすけ」昨晩、たっぷりと部屋でグリーンラベルをご馳走になっていたので開けないわけにはいかず這いずるように起き上がると扉を開けた。
「いま何時?」日は随分高く登っていたが昼過ぎというわけではない。にしても、朝まで飲んでいたのに関わらずしんさんの顔色は昨晩と幾ばくの変化もなかった。
「そろそろ10時かな。ごめんね、早くに」しんさんは坊主頭をかきながら、久しぶり俺の目を見た。

ご存知の方もあるかと思うが、よほどのことがないと●●●●ーは人の目を見て話さない。習いの性なのか、生まれつきの人嫌いなのか。

「いやさ、彼女がタイにいてね」そうやって同じ話を何度もする酔客に出会うことはそれほど珍しいことではないが、昨日の今日でお互いシラフでわざわざ寝起きにリピートされることはやはりレアで、どないしてん?と訝っていると、しんさんの口がスローモーションに開いた。
「金貸してくれない?」

その後の景色は霞みがかっていてで正しい像を結ばない。

彼は、彼女がタイにいること、自分がそこに行きたいこと、だけど金がないことを、15分ほどかけて伝えた。

昨晩、散々グリーンを飲ませてくれたのは故なきことではなかったのだ。

俺はしばらく考えて「ダチと金の貸し借りはしないんだよ」というクールさを損なわず、かつ金も減らないセリフを紡ぎだし難を逃れたが、追っかけでしんさんが被せたのが「洋平は貸してくれた」だった。

「洋平は洋平、俺は俺だ」

しんさんは歪な笑みを口の端に浮かべて廊下の角に消えて行った。