3話

「しんさん、おはよう。ある?」部屋をノックするとしんさんはすぐに出てきた。
「あるよ」しんさんの部屋にはちょっと大きめのスピーカーと革張りのソファーがあった。スピーカーからは雑音のような音楽が流れている。旋律と呼べないこともないレベルのオーボエが一頻り流れたかと思うとトロンボーンが割って入ってきて、背景ではドラムが節操なく暴れている。
「なんなのこれ?」俺はナイフをあっためている間に聞いてみた。
しんさんは洗濯物を干す手を止めて、目を輝かせて振りかえる。
「専門だったころに、作ったの」

芦屋の社長ご子息のしんさんは、某ボート学校と同じテイストの全寮制の高校を卒業したあとに、音楽の専門学校へと進んだ。という話をきいたことはあった。結局、中退したときいていた。
「おたがい向いてなかったんだよ。学校のほうも、俺のほうもね」彼が自分のことを語るとき、その目はいつもとても寂しそうだった。

やたらめったらとたたいていると思ったドラムがだんだんと音楽を形成するころに俺はしんさんの部屋を後にした。しんさんのガールフレンドがシャワーから帰ってきたのだ。
「このあとからがすごいんだよ」しんさんは俺を引き止める。
ストロベリーフィールズのアウトロからインスパイアされてね。入学してすぐだったけど、学校のスタジオに3日こもって一人で作ったんだよ」そこには高校を卒業したばかりとは思えないほど、複雑で陰鬱な調べがあった。
「テーマは?」
「高校卒業」そう答えたしんさんはこもった笑いをしながら、うつむいていた。
「ご飯つくるけど、一緒に食べる?」しんさんのガールフレンドがぬれた髪を拭きながら聞いてきた。
「ごめん。このあと外出するんだ」俺はウィンクして、扉を閉めた。
彼女は、若く、とても、凛々しい笑顔をしていた。

俺はこのあとしんさんがこの子を地獄に引きずり込むのを、すぐ傍で見ることになる。