49話

弟がその白い粉を置いて帰ってから数分後、私は恐る恐るその小指サイズほどの太さのケースを鼻にあてて、くん、と吸引してみた。少しだけ鼻腔が痛んだがその瞬間、目の前の画像が音を立てて揺れた。ずきゅん!という効果音が聞こえるほどはっきりと。
私は台所へ向かうとバランタイン12年を取り出しグラスに並々と注ぐと一口飲み込んでみる。とたんに視界が晴れた。まるで今までレースのカーテンを何枚も引いてあったのかのように風景のエッジがクリアーになり、私の頭の中には文字が溢れてきた。


PING ME, PLEASE』

「電話の声はひどく高飛車だったが、何をいっているのかよくわかなかった。まだオフィスについたばかりでメールも立ち上げていなかったからでもあるし、男の声がかつて聞いたことがないほど低かったからでもあった。私は耳を澄まして相手の声を待った。
「聞こえたかね。ネットワーク監視部の俵屋だ」
「ネットワーク監視部の俵屋だって?そう聞こえた気もする」
「君は数寄屋だろう?」
「そうらしい」私はやっと立ち上がったメールをみた。ネットワーク監視部の俵屋という男から24件もメールが入っている。相手が怒っているのは当然のことだった。
「若いもののくせに生意気な口をきくな」
「すみません。俵屋さん。しかし、ぼくは若くはない。昨日は非番だったし、今オフィスに来たばかりだし、まだコーヒーも飲んでいない。どんな用事ですか」