第三話

 「じゃあ、いまドベはどうなの?」ヤスシはきいた。
 「所沢の精神病院出たり入ったりしてる。天才と狂人は紙一重ね、先生」
 「相変わらずだ。春ちゃんは?」ヤスシはまたたずねた。
 「奥さんの実家があるホーチミンでカフェ開いたって聞いたわよ。けっこう繁盛してるって」
 「それじゃ真はどうしてる?」
 「あいつなら先週ここ遊び来たわよ。来週こっちでライブがあるみたい」
 一年半前の同居人たちの中から二人の親しい名前を聞き知った。ヤスシは自分の名刺の裏に携帯電話の番号を走り書きし、差し出した。
 「真にあったら、これを渡しておいてくれない」と、彼はいった。「俺の携帯番。それはイチじゃなくてナナ、セブンだから」
 グリーン・ハウスがすっかり空虚になっているのを知っても、事実はそれほどがっかりもしていなかった。それでも入居者のほとんどがジャンキーというのは何か異様で、縁起でもなかった。それはもはや俺たちのためのグリーン・ハウスではなかった ――― 玄関をくぐると、体が強張り、我が家といったような感じがしないのだ。ただの外人ハウスに戻ってしまった格好だった。マネージャーと書かれた扉を開けると、いつもならこの時刻にはニュースを見ているはずのマネージャーが、アルコールランプの上でスプーンをあぶっているのを見た瞬間から、このひっそりとした緊張感を感じていた。
 中に入ると闇に紛れて他に二人の男がガラスパイプを口にくわえているのが見えた。一人はサングラスさえかけている。一言も発する者はなかった。適当に自分の座る場所を確保すると、サングラスをかけていないスキンヘッドの男が手元にあった座布団を一枚投げてよこした。