answer

白く濁っている視界にうっすらと見えるのは時計の文字盤のようだ。
世界と彼女が交わったのは、どうやら9時30分あたり。
そしてそれは、彼女が年明けの初出勤日に遅刻していることを意味していた。

女は健康グッズを売るベンチャー企業の総務部で働いていた。
業績はあまり良いとはいえないが、同僚は優しいし、給与にも不満はなかった。簡単な電話取次ぎと経理に毛の生えたくらいの雑務処理の他、コーヒーを一日6どほど点てるだけの仕事だ。彼女には不満と呼べるような何かは見当たらないように思えた。勤続8年になる1月初出勤日。

電話を取り上げて、受話器を置く。
10時になると携帯電話が続けて二度鳴った。彼女はそれも取らず、布団の中で息を潜めた。
やがて昼が過ぎ、陽光が傾き始めるまで動きはなかった。

その間、彼女は会社に電話して言い訳する様を想像していた。
「いや、実は一日出勤日を間違えて覚えていて・・・」
「どうしても体調が悪くて、起きられなかった」
どれもまともとはいえない出来で彼女はうっすらと落ち込んだ。

空腹に耐えかねて布団を飛び出すとテレビの電源を入れる。
予備校生の弟にバラバラにされた姉がビニール袋に入れられて自宅に放置されていた、というニュースがやっていた。「夢がない」と姉になじられたことが原因のようだった。

テレビを消すと、パンをトーストして、セロリとレタスで簡単なサラダを作って食べた。

夜はぐんぐんと音をたてて深まり、彼女は明日への不安でいっぱいになっている。
明日自分はどんな言い訳をして会社へ出社するのだろうか?

「それが私のanswerだから」
ふたたびテレビを点けると、最近有名になり始めた女性アーティストがインタビューに答えていた。彼女は紙とペンを取ってその言葉を書き付ける、answer。

ふいに携帯電話が鳴り響いた。