☆010

電話が鳴った。エイミーからだった。
「もしもし」と彼女は英語で言った。hello helloと、oasisの真似をして、言ったのだ!
ちょうどそのとき俺はインターネットで宝くじの当選番号を検索しながら、コーヒーを飲んでいるところだった。普段なら酒を飲んでいるところだが年末に集中した会社関連の酒席で痛んだ肝臓は、それを是としなかった。いや、しなかった。
「明けましておめでとう」と俺は言った。元気よーく言った。
「そうかしら?」

エイミーはいつだって俺をからかう。俺は、わざと、引っかかったぶりする。騒ぎは大きくなる一方。
「なにかめでたくないことでも?」
「・・・相変わらずね」
「君もね、エイミー」

「何してたのよ?」
「宝くじの当選番号を探してた、ネットで」
「で?」
「ん・・・当たったよ」
「へぇ、いったいいくら?」
「5つほど」
「それってまさかたったの50兆?」
「いやそんなに少なくないよ」

年が明けて4日。出社するためにネクタイとスーツを着込んだ俺は家を出た。
周り、駅までの道のりには。
身をこごませる他の通勤者と。
9日までの連休を取ったらしき家族の車で大渋滞していて、道路は殺伐としている。ああ、なんでこんなに寒いのに会社なんて行かなきゃならねんだよ、と俺は心の中で毒づいた。
しかし転機は急に訪れる。音もなく、前触れもなく、訪れ、訪れた。
やっとこさ駅前まで出て、一つ伸びをするとまた右足と左足を互い違いに前に出して歩き始めた。そしてある銀行の脇を通ったとき、俺の中で何かが変わった。心に見えたのは大きなほくろ。それはまるで太陽についた染み、黒点のようだった。俺は見た。黒点だ!
ランボウ風に叫ぶと、そうかと一人で頷いた。

朝の銀行の前の自動ドアの前に立つと無機質なガラスの中に、沢山の老人が見えた。ATMの使い方がわかんなくて、ぼやぼやしてやがるのか、老人達はもぞもぞと機械の前で蠢いている。キャッシュディスペンサー?シラネェな。なんて。
しっかりと列の後尾に並んだ俺の前には水商売風の女が。朝の光に曝された彼女の肌は粉噴いている。厚い化粧は、彼女の何も隠していないようだ。
左だけの二重まぶた。えくぼのあとがしわになっている。若干出っ歯の気のある大きめの口。実は良く見るともんすごい低い鼻。そして、薄くなった頭頂部。
「きみ」俺は勇気を振り絞って言ってみた。「もう髪の毛を染めるのは止めたほうがいい」
女は静かにバッグからiPodを取り出すと、イヤホンを耳の穴に突っ込んで。

「カードを入れてください」会社の口座番号を押して、俺は宝くじであたった分の2つを振り込んだ。そして会社に電話した。事情を話すと経理の女の子は仰天していた。「資金提供するから、つまり株主になるから、俺のことをカウチくんと呼べ。ポテツでもよし。カウポテは、ダメだ」
「どうしてですか?」経理の女の子も俺をからかう。
「一文字長いからさ」

俺はネックタイを外すと空へ放り投げた。輪になった布切れが、風に舞って、タクシーの前輪に踏まれた。