たしかに、どんなことにも、才能はある。
走るのが速いのや、泳ぐのがうまいのがいるように、ビールを完璧に注ぐ才能というのはある。 松本人志や村上春樹が存在しているように。
どうやら ――― というのは、自分ではそのことがよく認識できないからだけど ――― オレにはその才能があったようだ。 つまりビールを完璧に注ぐ才能。
「あんた、前のマスターに負けてないよ。 才能あるね」 客の何人かはそんな風にオレを賞賛した。正直なところ、オレにとってそういう言葉たちは、大きな救いだった。 こんなオレを必要としてくれる人たちがいるのか・・・、じゃあ頑張らないと!エイ・エイ・オー!
・・・・しかしそれが大きな勘違いだと気がついたのは、ずいぶん後の話だった。
―――――― 9ヶ月間。 28歳の9ヶ月間だ。 おそろしく貴重な時間だ。
オレは9ヶ月間、幸せな誤解をし続け、嬉々としながらビールを注ぎ、それから深い絶望の淵に立つこととなった。