事の始まり

岐路 ―――― 本通りから分かれたわき道。横道。


3月4日。4時ごろ

淡いブルーに染まった早朝、東海道線が通る線路から100mも離れていない、小学校の前。
一台の自転車が倒れている。
電信柱にぶつかって砕けたライト、倒れたはずみで皮製のサドルはアスファルトに削られ、車輪はカラカラと音を立てながら空中を走っている。

電信柱の脇に立っている女は、焦点の合わない瞳で、両手を胸の前で交差し、身を硬くしている。時折、小さく開いた唇から、息でもはくみたいに、独り言をつぶやいている。

「いったい何があった」オレは、震えながら、言葉を搾り出す。
両手で女の肩を出しながら、もう一度、訊く。
「いったい何があった」
一瞬、女の肩が大きく振るえて、目を大きく見開いたが、応えはなかった。


しばらくの沈黙のあと、自転車にもオレにも気がつかないみたいに、オレの脇をすり抜けて、線路へと向かう。後ろから声を掛けても、女は振りむかなかった。
倒れてしまった自転車を起こして女の後を追う。

女は相変わらず顔を空に向けながら何かをぶつぶつと言って。
「・・・われたの」
「え?」
自転車をこぐたびに、金属のきしむ音が耳障りに響いて、オレは自転車を降りて、もう一度訊く、
「いま、なんて言ったの?聞こえないよ、いったい・・・」


遮断機の警報が静寂を破り、女はやっと足を止める。オレも止まる。

貨物列車が通り過ぎる。
そこに飛び込もうとする女を抑えるために、また自転車は倒れた。

列車が行き過ぎた後、車輪は再び空を走っていた。