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「君はつまり、想像と妄想の相の子というわけだな?」
オレはペンギン相手にウィスキー・コークを飲みながら訊いてみる、それとなく。
「言葉に気をつけやがれ、このご都合主義野郎」
2日前に買ったビーフジャーキーをものすごい勢いで食べながら、勝手気ままに口の開くままに無神経な言葉を吐き散らす?いや、オレが先に吐いたのだ。吐き散らしたのだ。
ペンギンにそのことを詫びて「確定的な現在形の希望と不確定的な未来形の希望の象徴的存在としての君」
エレコム(ペンギンの名)は、両ヒレで器用にグラスをつかむと古い仕掛け人形みたいに、グラスに残ったラフロイグ15年を飲み干した。そして一つ大きなゲップをして、正露丸くさい息がたまらなく嫌だった。

ペンギンは、血みどろなまでに、餌を食す。
まるでアルツハイマー症に罹った陰険な老婆のごとくオレに餌を要求しては、尾ひれをパタパタさせて、尻尾をフリフリさせながら部屋を歩き回った。ここに自分がいて腹をすかしているんだぞ!といわんばかりに。

話が前後するが、2年前に兄貴がオレをオーストラリアに呼び出したのは、単なる気まぐれだった。
イギリスで雇われたとはいえ、公務員の現地採用価格でこれ以上勤務するのもたるいといって、大学の頃に知り合った友人と一緒にIR専門の調査会社を作った。銀行に深いパイプを持っていた兄貴の友人と、調査書のまとめ書きを主としてこなしていた兄貴には、適当な仕事だといえる。
たまたま友人がオーストラリア人だったので、会社はオーストラリアに設立されて、兄貴はオーストラリアへ渡っていた。
文化圏の何もかも違う土地、という理由以上に兄貴を不安にさせた(わざわざ自分持ちでオレをオーストラリアに呼び出させたほど)原因は、妻の不妊だった。
兄貴みたいに冷静沈着な男ですら夜中の2時に携帯電話を鳴らして、涙ながらに狼狽することがあることに、オレは驚きを通り越して、同情の念を抱かざるをえなかった。

電話があった翌日には全日空メルボルン行きを予約して、3日後にはヤツのアパートで一緒に「キル・ビル」」をみたりして、ヤツは平静を取り戻しつつあった。不妊の話も、専門の産婦人科医と相談したり、コミュニティーのセッション(集まり)に参加したりして、とにかくくよくよ悩まないことだ、とオレは言った。
仕事は順調で、収入は警察官僚だった当時より数段いい、と兄貴はフォスターを缶のまま飲みながら言った。
心なしか、チャーハンが食べたくなった。
兄貴の家は住宅密集地からそれほど離れていない場所に建てられていたせいか、毎夕、兄貴とベランダでこうしてビールを飲んでいると、現地オージーたちの夕食の臭いが漂ってきた。
牛肉とたまねぎをオイスターソースでいためる臭いや、バターにまみれたて黄金色に染まった馬鈴薯の甘く香ばしい温もりが、ビールでもたついた胃を刺激する。
今みたいに。「兄貴、そろそろ飯でも食いに行かないか?」
「そうだな、何食べる?」
「チャイテク」
「いいね」