★4131 料理のクオリティーダウン

板長の不在は、予想以上にホテルの雰囲気を変えた。
「改めまして、ホテル『タータン・チェック』にようそこいらっしゃいました。私がお客様の客室係を勤めさせていただきます、正子でございます」
この間まで秋ごろのやぶ蚊みたいにか細い生き物だった、正子の声にはみなぎるような生命力を感じられれる。怠け心の塊でフロントに篭りきりだった支配人は、積極的にお客様に接するようになった。



オレの経営建て直しはにわかに成功しているかにみえた。今のホテルの雰囲気にはいたく満足したが、それにしても、とひとさし指で鼻先をこすることなったのは、料理のクオリティーが格段に落ちたからだった。

板長に変わって新しく調理師会から来た、オレと同い年の林君が出す料理は残念ながら今の洗練されたお客から金を取れる代物ではなかった。少なくとも、オレは払いたくはない。そんな代物だった。

しかし、この老舗ホテル「タータン・チェック」の経営が傾いた理由は、件の板長にも責任があるとオレは考えていた。腕は群を抜いて優れているのだが、なんと言っても口の悪い。
「おい、ばばあ、あれ持ってこい、あれ」とわざと不明確な指示をだし、間違えさせて、怒鳴りつける。この繰り返しに絶えられずに辞めた従業員は両手を合わせても足らないほどだと訊いていた。
そしてそれはその通りだった。