☆42101-2

「ちょっとここで待っててよ」友人はそう言うと階上へ消える。
ひとり残されたオレは薄暗い建物の中でもじもじしていた。

「あの~・・・」声を掛けられて後ろを振り返ると、ダッフルコートを頭まで被った女と、印象の薄い感じのそのツレの女がオレの顔を覗き込む。「あ、すいません、人違いでした」

時を同じくして今度は階上から銀色のジャージ上下を着て、エスニック柄のニットキャップを目深に被った男が下りてきて「・・・ちゃん、ごめん。待った?」と、女二人組みと話し始めたものだから、オレはそこに居たたまれなくなって、そのビルの階段を昇ってみることにした。

10段も歩くと踊り場に出る。そこには『フレッド・ペリー』のマークが刻印されたドアがあり、半分開いた隙間から暖かい光が覘いていた。

中に入ると、四方に洋服が積まれていて、ああ、これは洋服屋だな、と察しがつく。リーバイスジーンズに混じって中国のメーカー物もいくつか在り、フレッド・ペリーは別の木棚に飾ってあった。ためしに厚手のセーターの値段をめくると<4910>と書いてあって、これを元計算して日本円にすると<¥73,650>で。
オレはふざけんな、なめんな、税金か?とか何とか言いながら、店内を物色していると、全身黒づくめの女が奥のテーブルで酒を飲んでいるのが見えた。

「ニー是服務員マ?」とオレは中国語で訊いてみる。
返事がないので今度は英語で話しかけてみた。「e'you working here?」
女はまだオレを無視して酒を飲んでいる。
最後に日本語で「あそこのTシャツ、あの柄、いいですよね?」と茶色のムーミンキャラクターがモノグラムみたいにならんでいるTシャツを指差すと女が始めて口を開いた、日本語で。「中国も規制がうるさくって、もうああいうのは作れなくなっているのよ」

「ああ、そうなんですか」オレは適当に相槌を打ちながら、女の隣に腰掛けた。すると奥の部屋から、筋骨隆々の男が焼き鳥を何本かと、青いラベルが張ってある透明の酒を持って現れてグラスに並々と注いでくれた。
「じゃあ、かんぱーい」その女はそういうとグラスを合わせてボトムズアップを強要するかのごとく、一気飲み。さすがは中国、オレは間髪いれずに一気に飲み干すと、胃の腑がかあっと熱くなる。