☆789

『ホテル タータン・チェック』は、部屋数16部屋の中規模ホテルで、20人からなる古参の従業員が働いていた。

「ナカちゃん、1月にさ、でっかい資本入れて全面改装するから。それまでに人員削減と経営方針なんかの叩き台を作っておいてよ」ナカちゃんとはオレ、中村泰樹のあだ名で、このダイアローグの発し手は有紀、このホテルを買ったオレの元同僚。

スグリーンのチェロキーから顔だけ出して、俺に当座の生活費を渡すと有紀は東京に帰った。

うすら鈍い自動ドアを潜ると女将さんがフロントから顔を出す。
「ちゃーす。中村です」
「お待ちしておりました。中村さん。ようこそいらっしゃいました」

すでに何度か視察かねて来ていた関係で、一通りの人間とは顔合わせが済んでいた。靴を脱いで改めて玄関まわりを見渡すと、右手にフロントがあり、その奥に簡易のお土産屋、正面にはエレベーター一基、その脇には巨大な狸の置物がだらしなく笑っていた。左手には、五卓4人がけのテーブルが置いてあるラウンジがあり、バースペースもあり、壁面はガラス張りで海が一望できる。

ロケーションは決して悪くない。
では、なぜこのホテルが何億といった負債を抱えるまでに追い詰められたかを
考えなくてはならない。

女将は新しく来た支配人で、経営者サイドのオレに対して迎合とも取れる微笑みを顔に浮かべている。

オレは経営再建を始めることになった。