★ 20066

有紀はアホみたいな額に増えた資産の一部で、伊豆のひなびたホテルを買い取った。
一部、といってもアセット・メネジメント会社が提示した金額は有紀が儲けた額の端数に過ぎなかったらしいから、せいぜい1,2億というところだろう。

伊豆半島の斜面を背にした格好で、海岸線に向けて建てられた、およそ伊豆のどこにでもあるような、何の特徴もないホテルだった。
建物はどうということもない昭和的な代物だったが、露天風呂からの眺めは素晴らしく、料理もそこそこのものを提供していた。
女将は、早くに主人を亡くし、女手一つでこのホテル館を切り盛りしてきたが、バブルのつけが祟り、21世紀になる少し前、ホテル「タータンチェック」は銀行の管理物件となった。

「ナカちゃんさ、ホテル一個、経営してくんない?頼むから」
有紀に呼び出されて渋谷のジャズ・喫茶に行くと、(いつの間に作ったのか)有紀の“会社”の幹部連中がそこに集っていた。大将の顔が交じっていたのが、おかしかった。

有紀はその席で俺にホテル「タータンチェック」の経営再建を、どういう了見か判じかねるが、お願いしてきた。
(よくわからない内に)俺はホテルオーナーになった。