the 10th story ~ 可愛らしさ もう一歩 ~ 下

それじゃ、また。
ミッキーは車に向かっていうと、店に入ってきたわよ、ずうずうしく。
「一体どういうこと?今日も遅刻だわ」あたしは、額に皺を寄せていたと思うわ。それなのにミッキーのあんぽんたんったら、時計を見て、一分の遅刻、許せないわけないね、とかなんとか、ありえない日本語で反撃してきて。
一日中気になっていたわよ、あのベンツ野郎が誰なのか。でも、もちろんあたしが訊くまでもなく、お客さま相手に勝手に大騒ぎしているミッキーの話が嫌でも耳に入ってきて。
そして、そしてね、事の顛末をすべて聞き遂げると、あたしの自信はぐあんぐあんグウィングウィンと音を立てて揺らぎ始めた、のよ。

曰く、今日も今日とて遅刻しそうになっていたミッキーが駅の近くを自転車でひた走っていると、ぶわんと音を立てて脇をすり抜けたのが、優雅な一台のドイツ車。最高の名を欲しいままに、って違うか、とにかく銀色の生き物のようなその物体は、ミッキーの脇をすり抜けていくはずなんだけど、なぜだかこいつが停まっちゃうんだな、ミッキーのチョイ先で。
個気味よいモーター音を上げながら、運転席の窓が開いてIT社長みたいな顔した30歳前後のクールな男がミッキーに話しかけるのよ、どういうわけか、コラテラルトム・クルーズみたいにかなり怪しめの笑顔で。最初に道を訊ねて、時間を尋ねて、名前、住所、勤務先、電話番号、ってまぁ、要は朝からナンパされたって言うんですよ。

仕事が終ると、バックルームで「とまと先輩、ああいうのって運命って言うんですね」なんて、こっちは話すらちゃんとされてないのに、話した気になって瞳を輝かせているミッキー。むっきー!気に入らないったら、収まらない。

まぁ、ったって羨ましいのは事実だし、あたしも恥を忍んで聞いてみたわよ、その秘密を。だってね、今回のが初めてじゃなかったの、2回目だったの。前も同じことがあって、その時はブルーのBMWがやっぱし9時ちょっと過ぎに停まって、その助手席からあろうことか、ミッキーが降りてきたのよ。その時はやっぱ、こう恥ずかしくって訊けなかったけど、こんどこそってあたし訊いたのよ。

「ミッキーちゃん(ホントに馬鹿げた名前)、そうやってさ、お金持ちがチャチャっと摑まるコツってのはあるの?」しばらく星振る夜空を眺めるみたいに天井をキラキラした瞳で見つめていたミッキーはあたしの質問に「うーん、コツですかぁ。っていうか、別に狙ってないですしぃ」なんて長嶋茂雄かってくらいのためで悩んだ振りを始めたの。全く失礼しちゃうでしょ、こっちだってそんなに知りたかないけど、知りたいのよね。これって性ね。あたしは切り口を変えて、今度はこう訊いてみる。
「そのつまり、あたしってどう?」
箒の柄を顎に乗せてじっとスーパー美容師のあたしを存外に見つめるミッキー。むかつく図式だわ。
「で、どうなのよ?」しばらく黙ったあとミッキーは言い放ちやがったの、「可愛らしさ、もう一歩って感じですね」

どうよ、それって?全く失礼しちゃうでしょ。