第十三章 図書館の彼女のその後

3月に羊が学校を卒業してから、女の子は不当とも言えるほどの喪失感を抱えて静かに生きていた。校舎の隅に忘れられたように佇む木製の1階建ての建物、図書館に守られながら。

女の子は授業が終ると友達に挨拶すらしないで、図書館へ足を運んだ。そして片端から図書館の本たちを開き、時に涙し、苦笑し、不思議な空想に浸ったり、主人公が抱える焦りや喜びを自分の身に起こったことのように想像し、そして最後に必ず泣いた。
いつかは癒されるだろうと解っている喪失感を、とにかく早く覆いたいが一身で、彼女は毎日書物の中に=図書館にその“何か”のありかを探し求めた。
それはあたかも宝探しを思わせる、壮大な「現実逃避劇」であった。

あの体験は―――――――――――――――文字通り「羊を巡る冒険」であったと、その様に女の子は後述することだろう。
なぜならば女の子だった当時の彼女の人間像からは想像もできない起伏の激しい人生を、彼女は送るのだ。

ある晴れた日などに、成長した女の子は窓際から空を見上げる。そして呟く。雲一つない青空なんてものは。
「存在しない。あるのは雲が見えない人間だけだ」

「誰の言葉?」成長した女の子の隣にいる、ちょっと頭の悪そうな男が聞く。ベッドの上で裸で。二人で。成長した女の子はクスクスと笑う。それはエスカレートし、やがて彼女はベッドから起き上がり、立ったまま腹を抱えて笑うまでに到った。
ちょっと頭の悪そうな男は、首をかしげながら煙草に火を点ける。
「時々、君の事がわからなくなるよ」
「時々?」
「いや、2分一度位かな。とにかく多目には違いないね」

ディスコミニュケーション。

言葉は何も伝えられないのだ。