the nineth story ~ みみず城~中

カトウは決断力と行動力を備えていて、ナガイは優しく静かな青年だった。二人はマイコが現れるまで大変仲が良く、暇を見つけては音楽を奏でたり、詩を読んだりしていた。しかし蜜月は終わりを迎えようとしていた。

ある日、ナガイとマイコが河原で交わっていると、カトウがそこを通りかかった。つい先日マイコと交わい、てっきりマイコは自分の物だと思いかけていたカトウは、文字通り、烈火のごとく怒り、ナガイにジャンピングニーをお見舞い。情けない姿で、河に転げ落ちたダイチは「何するんだ!」と至極当然のことを言った。するとカトウも、こちらからしてみれば何をするんだも糞もなく「てめぇ、人の女に何してんだ!」と再び飛び掛ると、DDTをお見舞い。「二人とも喧嘩はやめて!」とマイコが叫び、一旦ことは収まった。

再び、三人で話し合ったのは、その日のディナーの席であった。

カトウは言った。「ナガイ、お前も男なんだから、勝負だ。マイコを賭けて戦おう」
「お願い私のために争わないで」とマイコ。しかし一方ナガイは静かに笑いながらもその瞳はしっかりとカトウを見据えていた。イエース、アイウィル。

「マイコ!お前の欲しいものはなんだ?」カトウはマイコに訊いた。
少し逡巡したが、マイコは意を決して言った。「私は二人が欲しい」
「それは通じないんだよ。こいつを男にしてやってくれ!マイコ」カトウはなんだか真剣だ。「ナガイ、勝負だ」何を言っても無駄と判断したナガイは、それではみみず城にある人が宿ると言われているクリスタルを手にした方がマイコを手に入れるというのはどうか、と提案した。



――――――――――――――――― みみず城の説明がいるだろうか。



それは北の台地にあると言われていた、難攻不落の城のことであった。

遡ること2999年、まだ地球が繁栄に明かしていた頃、とあるイギリスの学者が発明したセキュリティーシステムが暴走し、中にいる人間すらも出られなくなり、制御不能のままアイスランドに放置された城のことである。

何しろ核爆弾が来ても壊れない設計で、ソーラーパワーで電源を補っており、数々の進入に対する防御プログラムを施された施設なので、設立から今まで誰一として入れた者はない。
何がこの城を制御不能にしたのかで、様々な憶測が流れた。城の主人でもあったイギリスの学者が世界に賭けた謎解きだという説もあったし、外部から進入したウィルスがシステムを乗っ取っていて、学者は城の中でシステムに処理されたのだというのもあった。

そして城は400年近く沈黙する。その間、人々は城のことなどを忘れて人生を謳歌していた。2000年ごろに芽吹いた平和の思想はどうやらなかなか上手くいったようで、たいした均衡もなく、食糧問題を解決し、世界は文字通り平等まであと一歩というところまで成長していた。

しかし3399年、城が沈黙を破ると世界は激変した。城はまず全世界のテレビをジャックし、その存在を世界に知らしめ始めた。

「・・・・・・ピポ、ポピピピピ、ガガ」突然、世界中のお茶の間をジャックした怪電波はテレビは地域を考慮してか、あらゆる言葉で翻訳された「音」を伝え始めた。

「私は城だ。もうかれこれ、4世紀近く皆に忘れられている」あらゆるテレビの中にその「音」は現れた。そして気だるい様子で演説を始めた。

「私の名前はワーム。相当古いタイプの人間心理を応用して創造されたウィルスだ。かつて私は、人々のパソコンに巣くい、宿主を殺さぬ程度に栄養を外に逃がすことで生きながらえていた。人々は我々を忌み嫌い抹殺を始めた。しかし逆説的だが、我々は主として、殺虫剤を作る会社で生まれていたのだ。殺虫剤が売れるためだけに創造されたのが、我々だ」
彼の演説は未曾有の平和に喜ぶ人々に冷水を浴びせた。
「我々は、あなた方の繁栄を認めない。それが我々の答えだ」電子の隙間で密かに生き残っていたワームはあらゆる情報を食い、生き残っていた。そして人間の悪意から生まれたその出自を恨み、殺された同胞の無念を晴らそうと、この日まで作戦を練り続けていたのだ。

「まず我々は、アメリカ人を全滅させ、その次に中国、日本、と順々に葬り去る積りだ。その方法と時間については、その時々の崩壊を持って知らしめたい。以上、短い演説だが、これで終わりにするよ。また、いつか会おう」数秒後、テレビはもとの映像を映し始め、人々は3ヶ月は忘れなかった。
ただのハッカーの馬鹿騒ぎだろう、位に考えていた。しかし悲劇は3ヵ月後、ぴったりに起きる。

アメリカが消えた。ちょうどカナダとの国境線を微塵も越えず、すっぱりと消えていた。南米との境、ハワイ島、その他諸々の植民地と共に、消えた。人々は何がそれを起こしたのか考えたが、まるで誰もそれを知らなかった。アメリカが消えた、という事実以上のことが何もわからないまま三日が過ぎ、再び「音」は、メディアに現れた。


「久しぶりだね。諸君。私だ、ワームだ」人々は戦慄し、ショックで息絶えるものもあった。

「気に入ってくれたかね、私のプレゼントは?きっと君達の何人かは奔走していることだろう。特に中国の方なんかは。大丈夫、安心してくれ。今度は、中国という場所ではなく、中国国籍のものだけを消して見せよう。そんなことはできないって?それができるんだよ。」何故だかワームはちょっと興奮しているような「音」でしゃべっている。感情のないはずの機械音が、確かにワームの興奮を人々へ伝えていた。
「例えば、これは特例だが、お見せしよう」テレビは突然、マイクのボリュームのような丸い突起を映し出した。
「これは世界の1歳児のメモリだ。これを0にすると、どうなるか知っているかね?」と、画面に人の手だけが映り、突起を人差し指と親指で摘んだ。そして左側にぐい、と捻ると、世界中から1歳の赤ん坊が消えた。
「簡単だろう?一歳の子をお持ちの方は大変だろうけど」また黒に戻った画面に数字が並び始めた。右側からくるくるとスロットマシーンのように数字が周り、画面に止まっていく。最終的に30900012という数字が画面に並んだ。
「これは今消えた赤ん坊の数字だ。全世界での」世界中の母親は気絶し、失禁するものもあった。しかしまた手のアップが映り、先ほどの突起をぐい、と元に戻すと一歳の赤ん坊たちそれぞれの元いた場所に帰ってきた。
「なぜ、一歳児だけを選んだか?わかるかな、諸君には?」もちろん誰も回答できるものなどいなかった。
世界が答えを待ち望む中、「音」は無常にも消えた。

次の場所だと想定された中国ではかなりの騒動があったが、それから1年と少しして、その日は何の前触れもなくやってきた。

中国国籍の人間達がすべて姿を消したのだ。
コンピューター上からも消えて、彼らの衣服やそれに纏わるすべて物体が共に消えていた。もはや彼らは、彼らに関わったものだけの記憶に残るだけで、その物質的な証拠はすべて消えてしまった。

しかし結婚や移住に伴い、外国籍に変えたものは生き残っていた。計り知れない恨みで、彼らはより固まって生きることになった。結束は高まり、そうして生き残った中国人は、残骸と化した彼らには広大すぎる中国に新しい国を建設する。

「中心」と名付けられたこの国では、ワームの存在を探すことだけを生きがいとされていて、復讐の怨念がすべてを支配していた。そして時期を待たずして中心は世界第一位の貧困国家となった。

中国人の消滅から12年が経ち、今度は日本人が消えた。しかし遺伝的にみて90パーセント以上のものだけであったので、その消失はそれほど多くはなかった。純粋に近い日本人は、戸籍も貯金も衣服から靴、果てはキーホルダーまで消えていた。辛うじて遺族や友人だけの記憶のその存在を知らしめるのみで、やはりどこかへ消えてしまった。どこかへ。

世界は次の消失のターゲットになりたくない一身で、それまで馬鹿にしていた中心に金を送った。アメリカはなくなっていたし、ロシアは相変わらずの的外れで、中心をその消失の元凶として敵視している向きすらあった。

中心がその理由を突き止めたのが、日本の消滅から1年と待たずして疑心暗鬼から起こった世界の核戦争が終末を迎えようとした、ある朝のことだった。人口21人の中心の町、前柳川という桂林省のとある村で、神童と噂されていたある少年がその答えを夢見た。