第十一章 ポン

重苦しいノック音が部屋に響く。

ゴンゴン・・・ゴンゴンゴン。

羊は本を読むのを止め、ドアの方を見る。誰かがドアをノックしている。

誰か来たのは間違いない。誰だろう?

ノックは猶も続く。

ゴンゴンゴン。

しかし音は決して脅迫的ではない。むしろ、出てきたかったら出ておいで、といわんばかりの優しい響き方だ。こんなノックの仕方をする人間はここに二人しかいない。ダイチとポンだ。

羊は「みみず城」が後何ページあるのかを調べてみる。あとざっと4ページは続くようだ。

意を決して羊は、誰ですかとドアに向かって叫ぶ。

「あたし、よ。あたし」

ポンだった。

――――――――――――――――ポン

「だと思いましたよ」羊は今にも壊れそうなくらい老朽化した木製のドアを開けた。ポンは丸刈りの頭を左手で掻きながら、右手でズボン越しに股間を触っていた。「あら、どうしてわかったの?」そんな羊の視線は毛ほどにも気に障らないらしいポンは丸く出た腹を、ぽんと叩きながら部屋に入ってきた。

「なかなか妙なところに気が付くのね、あんた」ポンは羊がどうして来訪者をポンと当てたのか、執拗に訊いてきた。羊は、ノックというのは人によってぜんぜん違うので来訪者がある度に注意深く聴いていた、と説明した。
「そうよぉ。ノックっていうのはね、人格を表すものなのよ」大学院で心理を取っていたこの元臨床心理士はこの手の分析が大好きなのだ。今年40になるというのに、人間観察に余念がない。よっぽど暇を持て余しているのだろう。サンダルを脱ぐと、ポンはジャージのポケットからセブンスターを出して、火を点けた。
「ポンさん、ここは禁煙ですよ」
「あたしあんたが煙草吸ってるの知ってるのよ。御託はいいからさっさと灰皿とお茶、出しなさい」
羊は黙って従った。