第四章 ドムドムバーガー

マクドナルドがない羊の町で唯一の憩いの場が、ドムドムバーガーだった。
駅の前にある小さなハンバーガーショップで、15時過ぎくらいになると高校生でいっぱいになる。男の殆どは工業高校の生徒で、その中でもファッションにうるさい化粧品屋の息子は毎日その店にいた。彼はハンバーガーを食べるわけでもなく、コーラを飲むわけでもなく、ただ制服姿で煙草を吸い、いつも違う商業高校の女の子とおしゃべりをしていた。

「25の奇妙な話」を借りた次の日、つまり盗聴器を発見した次の日、羊はその盗聴器を持って図書館へ急いだ。図書室の前に行くと、手作りの看板で〈本日休館いたします〉と書いてある札が立てかけられていた。

がっかりした羊は踵を返すと、帰り道と逆の方向である駅の方へと彷徨した。14年間全く変わらない風景と人たち。同じ店先で5年前と全く変わらないものが売られ、パチンコ屋はいつも新装開店の旗を出していた。子供が道端で喧嘩をしていて、野良犬のカップルがそれを見物していた。

ドムドムバーガーの前に差し掛かると、昨日図書館で会った女の子が、先述の化粧品屋のイケ面息子と二人で楽しそうにハンバーガーを食べている構図に出くわした。羊は異様な気まずさと、興奮で思わず叫びだしそうになってしまった。店は路面部分がガラス張りになっていて、彼らが羊を発見するのにそれほどの時間は要さなかった。立ち去るタイミングも、眼をそらすタイミングも失った羊は、文字通り立ちつくしている。

「what on earth brought us such place like here, far away」
羊の頭にはなぜだか「奏でる扉」のサビの一部が鳴り響いている。

一体何が俺達をこんな遠くに運んできちまったのか?
さぁ、と男が首を振る。女も首を振る。
誰のせいでもないんじゃない?そうでしょう?
そうかも、と男は鼻を鳴らす。女は手を差し出した。

鈍い音が羊を現世に引き戻す。気が付くと、ガラス越しに女の子が近づいていた。2,3度窓を手で叩くと、手招きをしている。
しかたなく店に入ると女の子が笑顔で言った。「偶然ね」
返事をする前に羊は横目で化粧品屋の息子の表情を確かめる。明らかに、オモシロクないといったその表情は羊をいささかうんざりさせたが、仕方が無いのだ。偶然を誰も人のせいにはできない。

「ボクが間違うと、神がボクの戸口をノックする。もっと仔細に観察しなさいと」羊は試しに言ってみた。
「誰の言葉?」
「イサム ノグチ」
一拍おいて女の子は、素敵な言葉ね、と言った。指には煙草が頼りなく、挟まっている。まるで間違えて持ってきてしまったかのように、煙草は女の子に似合っていなかった。
「煙草。吸うんだ」羊は訊いてみた。すると女の子は笑ってこう答えた。
「これは“静けさ種”よ」