第二十五章

右手を地面の型にしっかり合わせてみる。
それは寸分違わず、羊の右手を一致している。

僕の右手と一致している?
どうして?

でも間違いない、これは僕の右手だ。

僕の右手。

そんな歌があった。

「僕の右手を知りませんか?」
ブルーハーツだ。

「行方不明になりました。」

歌詞の続きを思い出してみる。

僕の右手を知りませんか、行方不明になりました。指名手配のモンタージュ街中に配るよ。
今すぐ探しに行かないと、さあ、早く見つけないと。夢に飢えたノラ犬、今夜ほえている。
見たことの無いようなギターの弾き方で、聞いたことのないような歌い方をしたい。
だから、僕の右手を知りませんか?
人間はみんな弱いけど、夢は必ずかなうんだ。瞳の奥に眠りかけたくじけない心。
今にも目からこぼれそうな涙の訳が言えません。今日も明日も明後日も何かを探すでしょう。
見たこともないようなマイクロフォンの握り方で、聞いたこともないような歌い方するよ。
だから、僕の右手を知りませんか?

さて、と羊は考える。

「一体ココはどこだ?、僕はここで何をしている?僕は・・・・」

僕は僕の右手を発見した。

これは事実だ。僕は僕の右手を見つけた。暗闇の中で。
歌を見たこともないような歌い方で歌を歌わなくては・・・。ノラ犬に食べられちゃう。
ノラ犬?
ノラ犬?
ノラ犬?
ノラ犬?
のらいぬ。だめだ、ひらがなにしてもわからない。

すると、暗闇のそこここで犬の甲高い鳴き声が聞こえ始めた。それは一つ、二つと増えてきて、一分と立たない間に間断ないものとなり、羊を怯えさせた。「歌わなくちゃ。見たこともないような歌い方で、僕は僕の歌を歌わなくちゃ!」

羊は立ち上がり、松原真を思い出した。そして「奏でる扉」を痙攣ダンスをしながら、歌った。激しく、狂おしく、搾り出すように、歌った。両の足をめちゃくちゃに動かし、背中を反らし、時に屈みこみ、頭を振り回し、叫びながら、歌った。自分の声で両耳は占領され、羊は床に這い蹲り、よだれを垂らし、失禁した。歌い終わると、辺りは静寂に包まれていた。

飢えたノラ犬は去っていた。