右手を地面の型にしっかり合わせてみる。
それは寸分違わず、羊の右手を一致している。
僕の右手と一致している?
どうして?
でも間違いない、これは僕の右手だ。
僕の右手。
そんな歌があった。
「僕の右手を知りませんか?」
ブルーハーツだ。
「行方不明になりました。」
歌詞の続きを思い出してみる。
僕の右手を知りませんか、行方不明になりました。指名手配のモンタージュ街中に配るよ。
今すぐ探しに行かないと、さあ、早く見つけないと。夢に飢えたノラ犬、今夜ほえている。
見たことの無いようなギターの弾き方で、聞いたことのないような歌い方をしたい。
だから、僕の右手を知りませんか?
人間はみんな弱いけど、夢は必ずかなうんだ。瞳の奥に眠りかけたくじけない心。
今にも目からこぼれそうな涙の訳が言えません。今日も明日も明後日も何かを探すでしょう。
見たこともないようなマイクロフォンの握り方で、聞いたこともないような歌い方するよ。
だから、僕の右手を知りませんか?
さて、と羊は考える。
「一体ココはどこだ?、僕はここで何をしている?僕は・・・・」
僕は僕の右手を発見した。
これは事実だ。僕は僕の右手を見つけた。暗闇の中で。
歌を見たこともないような歌い方で歌を歌わなくては・・・。ノラ犬に食べられちゃう。
ノラ犬?
ノラ犬?
ノラ犬?
ノラ犬?
のらいぬ。だめだ、ひらがなにしてもわからない。
すると、暗闇のそこここで犬の甲高い鳴き声が聞こえ始めた。それは一つ、二つと増えてきて、一分と立たない間に間断ないものとなり、羊を怯えさせた。「歌わなくちゃ。見たこともないような歌い方で、僕は僕の歌を歌わなくちゃ!」
羊は立ち上がり、松原真を思い出した。そして「奏でる扉」を痙攣ダンスをしながら、歌った。激しく、狂おしく、搾り出すように、歌った。両の足をめちゃくちゃに動かし、背中を反らし、時に屈みこみ、頭を振り回し、叫びながら、歌った。自分の声で両耳は占領され、羊は床に這い蹲り、よだれを垂らし、失禁した。歌い終わると、辺りは静寂に包まれていた。
飢えたノラ犬は去っていた。