第一章 盗聴器

羊は本を閉じた。
そして布団から起き上がると、蛍光灯のヒモを2回引いた。薄暗くなった部屋が2度、3度光り、人工的な白が部屋を覆う。窓辺に立った羊は、空を眺めた。
しかし次の瞬間、恐ろしい形相で机の引き出しを開けると、ドライバーを取り出した。そして息を殺し、ゆっくりと部屋の角に向かって歩き出した。

こうしてみると、もともとそこに穴があったような錯覚に襲われる。盗聴器を片手に、羊はそんなことを思った。白い壁の隅に一つ、ぽっかりと四角の穴が開いている。
羊は元来とても臆病で、それはホラー映画を観た後などはトイレも行けない程だった。視覚と現実の距離が近いのだ。それだけに、羊が「生きる女」を読んで、自分の部屋にも盗聴器が仕掛けられているかもしれないと考え、まず部屋のコンセント盤を外して見たとしても、それは決して大げさなことではない。羊はグルメ番組を見た夜には、番組に出ていたグルメ評論家のごとく、母の料理を辛らつに批判することもしばしばだった。
そしてまた、コンセント盤の形をインターネットの盗聴器専門サイトで検索した結果、それが超高性能型盗聴器であったことも、偶然ではないのだ。羊の世界は必然で出来ているからだ。例えば、羊が卵から生まれないのと同じだ。

ドライバーの先で盗聴器の複雑そうな部分を一突きにすると、羊は本に帰った。ベッドの上に転がり、続きを読む。そこに書かれているはずなのだ、誰がどうしてこの部屋に盗聴器を仕掛けたのか、が。