羊的回想 その3

窓からコツコツという控えめな音がした。
暗闇で目を覚ますと羊は枕元の腕時計に目をやる。
蛍光塗料が鈍い黄緑色を蛍みたいに光らせていた。
2:19

ふぅ、まただ。

羊はこのところ、2:19に悩まされていた。

2:19 2/19 二月十九日 

羊の誕生日だ。

この寮に越してきて二週間目からその現象は始まった。

羊が何気なくテレビに目をやると画面右側には時報が出ていて
2:19(昼より曇り)とあった。

それ以来、目にする数字のほとんどが219に見えてきたのだ。

羊は幼い時、自分の誕生日と同じ有名人を探したことがある。
図書館へ行くと、有名人名鑑を取り出して、
誕生日だけを抜き出して調べてみたのだ。

結果はある作家でとても太った男が一人と、知らない女が数人。羊は
がっかりするのを抑えられなかった。

自分には究極の運命が待っていると、本気で期待していた
幼い頃の羊は、その形跡をまず誕生日に見出し、見事に挫折した。
二月二十二日 222ならそれはそれで俺は納得したのに・・・、と本気で
出自を偽ろうかと考えたくらいだった。

間抜けである。

さて、2:19なのはいつものことだったのだが、窓のノックは初めてだった。
羊はそっとベッドを抜け出すと、ドアの脇にかけてある木刀(をなぜか羊は持っていた)
を手に取り、窓に近づいた。

カーテンを一気に引くと、誰もいなかった。

「あれ?」と本人もびっくりするほどの大声で言ってしまった羊は
口を押さえた。そして数秒後、窓の端に人の手が掛かっていることに気が付いた。

「いやあ、ひつじぃさん」窓を開けて顔を出すと、オキナワさんが壁に張り付いていた。
ちょうど隣の部屋のオキナワさんの部屋の窓冊子と羊の部屋の窓冊子の間を結ぶ形で
エックスを描いて、壁に張り付いてた。
「オキナワさん、いったい何やってるんですか?」
「いやあ、お恥ずかしいい」とオキナワさんは苦しそうに言った。若い羊のウールをたっぷりと
使ったダークグレーのスーツに白のワイシャツに蝶ネクタイ、胸にはバラが一輪。
靴は黒のユーチップで良く磨かれており、よく見るとウッドソールだった。
「あの、そんな風に履くとソールダメになりますよ」羊はムダだと思ったがオキナワさんにそう
進言してみた。
大方の予想通り、オキナワさんは不機嫌な顔になりそして、
マティーニをうんとドライにして、でもシェイクはしないでくれ・・・スティアしてくれ、と
英語で言った。

007マニアだと聞いていたが、まさか夜中の2時過ぎにジェームス・ボンドごっこ
ねぇだろう、ええ、大将?
羊は隣でわめき散らしているオキナワさんをいったん無視して空にぼんやりと
光っている月を眺めた。

「Full moon baby, full moon!!! All night long, man」
ゴシャ

「I don't believe this man, what's happen to you」
ゴキャ、ゴス

「I can 't stand it any more」
ボグゥ

endless endless



明け方、音は止み、オキナワさんは書置きをして
寮を去った。

「捉うべき事実なければとて

異った所で多くの人が伝襲しおうるものを、

度外におくべきでないと惟う。」

羊はこの教訓を忘れられない。死ぬまでずっと。

そして、2:19分から4分過ぎていた。