6話

緑の家に越してきたしんさんが最初に捕まえた女はみさおだった。
みさおは北海道出身で、しんさんが越してきたときにはドミトリーに住んでいた。

ドミトリーというのは、本館から独立した、2段ベッドが2つあるほったて小屋で、1日単位で宿泊することができる雑居房だ。当時住んでいたのは元三菱商事のおっさんと留学生の孫くんだった。のちに真の親友のよっくんが上京して暮らすことになるのだがそれはまた別の話。

長谷川は孫くんを「奴隷」と呼んで、ゲストハウスの管理人業務であるごみ捨てや風呂掃除などをさせていた。のちに長谷川が北朝鮮を自転車で旅した際にも、帰国していた孫くんが多大な貢献をしてくれた、ときいたことがあった。

名前は失念したが、50がらみおっさんは自称慶応卒の元三菱商事勤務で、政治的な犯罪を中東で犯して長いこと服役していたと語っていた。連合赤軍と関係があると吹聴していた。そこにみさおが越してきた。

みさおがどうしてドミトリーに住むことにしたのかはわからないが、きっとお金の問題でもあったのだろう。崩壊寸前の木造家屋だったとはいえ、保証人も敷礼もなしで、部屋が空いていればその日から住むことができるゲストハウスの家賃は水道光熱費別で、月額で5万円だった。それに引き換えドミトリーは3万円。当時時給900円ほどで働いているものが大半だった住人にとって、666円/日の差は見過ごせないものであったように思う。

しかしながら、夜は施錠のしようもないほったて小屋で、男二人とカーテン一枚で隔てられた空間で眠るのは、いくらなんでもちょっと無茶がある。

それだから、しんさんが越してきた日に行われた歓迎パーティー以来、みさおが彼の部屋で寝起きするようになったと聞いても、誰もなにも言わなかった。
良識ある人がしんさんに子があることを伝えたが、みさおはひとこと「知ってる」と答えただけだったという。

そして、皮肉なことに、しんさんの死を最初に確認したのもみさおだった。