彼と散歩中

「人間というものは、おぎゃあ、と産まれたその瞬間から、生死病苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦などの四苦八苦を背負って産まれてきたのであり・・・」

さいきん彼が町田康に嵌っていているらしく、うざい。
今も隣で上みたいなことを言ってくるものだからついつい、「産まれた、が二回出てきてるよ」とするどく突っ込んでしまうことになる。決して本位ではないのだけど。

「なんだよお前、話の腰を折るなよ」しょげる彼。まったく、しようがないんだから。
「ねえあんたしっかりおしよ、しっかりおしったら!」江戸っ子調で励ませば、
「!おいおいなんだい急に・・・」とまんざらじゃない様子で乗ってくるのが彼。
まったく単純なんだから。
「あたしもそう思うもの」
「へ?」もう忘れてる。
「だから」と言葉を繋げる。
実際のところあたしは、人は年をとる毎にどんどんと落ちぶれていくものだと思っている。
昔からそう思ってきたし、これからもそう思い続けることだろう。

なんていう心理状況を彼に聞かせると、それはそれでやっぱり彼を落ち込ませることになる。おしなべて、男は変なプライドが強いものだから。

「さすが、頭いい!大卒だけのことはある」即座に答えた彼は高卒だからすぐこんなことを言う。心のバランスを安定させるためだかなんだか知らないけれど。
「まあね」こんな皮肉に余裕で応えられるようになったのはつい最近のこと。
この手のデリケートな話をわざわざ自分から振ってくる彼ってなんてMなんだろう。

でもこの彼がなんとなく手放せない。
あたしの言うことをちゃんと聞いてくれる唯一の人だし、
なかなか心がキレイだから。

続けて彼はこんなことを言った。
「ボクは目上の人を尊敬しないとか、自分より先輩の人を認めてないとかいうのは、
なぜかっていうと、はじめてギターを手にした瞬間が、ロックンローラーとしては頂点なんだよ。
そこから下るかキープするか、2つの道を選ぶんだよ。
ボクは、いつでもそうだよ。
はじめてギター、楽器を握って、うわぁ、カッコいいこのギター、
って思った、あの感じだよ」

やれやれ、でもまあ正しいからいっか。なんて思いながら手を繋いで川べりを何度も往復した。何度も何度も。