☆ 002

昼の11時に目を覚ますと、外出の準備を始める。昨日は早めに仕事が終わったので、睡眠時間は実に14時間!ちょっとばかし、こめかみが痛む。過剰な睡眠摂取 ――― 心労の原因は、過重労働のせいだ。きっと、そうだ。


顔を洗って、髭をあてる頃には、頭痛は嘘のように消えている。
鏡をみてオレはオレに語りかける、今日もいい顔してるぜ。すべてはお前の思い通りだ、やれ、やっちまえ!

家を出ると、朝食をとりにファミレスへ向かう。昨晩、雨が降ったのか、路面は黒く湿っていて、太陽は厚い雲に覆われている。景色に変化はなかった。

店はまだそれほど混んでおらず、喫煙席には2組しか客はいなかった。
店員にスモールサイズのクラブサンドウィッチとドリンクバーを注文し、カフェ・ラテ
淹れに立ち上がった。すると、携帯電話が鳴った。

「おはよう」
「おはよう、エレコム
「いま、どこだい?」
「駅前のファミレス」
「ふーん」

今日も仕事がんばってくれよ、とエレコムは言って電話を切った。いったい、なんだというのだ、あのペンギンは。カフェ・ラテを飲みながら、タバコに火をつける。

食事の間、読みかけのフランツ・カフカの「変身」を取り出して開く。
最初に考えたのは、このクラブサンドウィッチはその出自にも関わらず、読書をしながらだと大変食べにくい食べ物だ、という――― どうでもいい ――― 考察だった。
取り皿と財布をページの端と端において、なんとか両手をあけて、ふたたび読書を再開し、すべてを読み進めたところから、老人介護について思いはじめる。
長患いに孝行息子なし、ってこのことか。
そういえば「ホテル タータン・チェック」の女将の母親も脳梗塞で寝たきりだったな。なんて思った。

新宿に着くと、13時を少し過ぎていた。まだだいぶ時間があるので、ドトールに入って、窓際の席で人々を眺めることにした。
汗を忙しなく拭くサラリーマン、大学生風のカップル、OL、正体不明の老若男女が、ひっきりなしに目の前を通り過ぎ続けている。そして、戦争でも起きない限り、この人波が途切れることはないんだろうな、なんて思った。