ある日のこと 5

善意で行ったことが結果として悪意ととられることもあるし
悪意で行ったことが結果として善意ととられることもある。

恩をあだで返すやつが減らないのは、善意と悪意の区別がついていないせいだ。

よくアドバイスに反論する輩というのがあるが、あれはアドバイスの本質を忘れている愚か者である。

これ、私なんかは、放射能を測る装置なんかと一緒で、数値化できると最高なのだが、
と考える人である。

世にある混乱のほとんどは誤解から始まる。

誤解はあらぬ嫌疑を他人にかけて、良心や優しさを省みぬ、人として断じて恥ずべき行為であり
気がついたら即座に止めるくらいの、力量が必要かと思われるのである。

混乱とは英語でカオスと呼ぶのだけど、カオスとは“次に何が起こるか予測がつかない”状況をさして
いうのであって、次に何が起こるかわからないという状態は、人々を混乱させること必定なのである。
いわずもがない、それは動物としての人間に致命的なミスを冒させること多々あると言うにとどめておくが、にしても、多すぎる。

直子は。そしてマスターはそのことを完全考えに入れておらず
完全な視野狭窄に陥っているだが、それは視野狭窄にかかっている者の大半がそうなように
正常な判断力を完全に欠いており、会話が成立することがほとんどない。

ボクがどんな冗談をいっても二人は反応せず、二日酔いの頭を抱えて
ボクをにらみつけるばかりだ。

翻って洋子はというと、ボクが作ったペペロンチーノを美味しそうに食べながら
紅茶をすすっている。肝っ玉が違うのか、脳の仕組みが違うのか、とにかくボクが洋子のそんなところに魅かれたのは間違いない。

ボクは結局マスターと直子を追い出すと、洋子と2度性交をした。
そんな風にして我々は、一緒に暮らし始めた。