ある日のこと

その日、ボクは青山で買い物を済ませると半蔵門線に乗った。

日曜日の夕方とあって車内はブランド名がはっきりとプリントされた巨大な紙袋を提げた女性たちでごったがえしていた。ちょうど本を持っていなかったので、ボクは渋谷につくまでの間、彼女らをじっくりと観察してみた。

大抵の子がヴィトンのハンドバッグを持っていて、そのままマネキンとして使えるくらいに無個性なメイクをしていた。何かの拍子に彼女らのバッグやらハイヒールが入れ替わったとしても、彼女達自身ですら気が付かないのではないかと思えるほどそれらは似通っていた。話し方ですら同じなのだ。

「それってびみょーじゃない?っていうか・・・」まるでどこかの山道で深い霧に襲われたかのごとく、彼女らは微妙な事象に覆われているみたいだった。
モデルの容姿、新しい化粧品、気になる男性。
手にとっても仔細に観察したところで、彼女らの確信に迫れるような毅然とした事実はまるで存在していないようだった。そんな話し振りだった。

渋谷で電車を降りるとボクは行きつけのピザハウスへ向かう。
道玄坂の途中を右に折れて細い路地を抜けると小汚いイタリアの旗が飾ってある。
地下へ向かう階段を下りると「OPENG」と札の下がった木製の扉を尻で開ける。

案の定、マスターが暇そうにナイターの中継を見ていた。
「いらっしゃ・・・、なんだあんたか」
やっと来たお客がボクだったことに鼻白んだマスターは再び画面に目をやりながら煙草に火を点けた。「なんだあんたかって、お客だよ。仕事しなさい、仕事」
ボクはカウンターに腰かけると、手元にあったリモコンでチャンネルを変えた。
テレビでは中東のどこかの国の偉そうな人が偉そうに何かを言っていた。

マルゲリータとビールを注文するとマスターは一つ伸びをしてやっと席を立ち、厨房へ向かう。
「今日は洋子ちゃんいないの?」ボクが訊くと返事はなかった。まだあの時のことを怒っているのだ。