ヒストリー・オブ・バイオレンス

今日は久々に(実に一年ぶりくらいに)新宿に出て映画を見た。
デイビッド・クローネンバーグが3年ぶりにメガフォンを取った「ヒストリー・オブ・バイオレンス」。

決して名作に数えられる映画ではなかったけれど、確実にボクの中の何かを打つ映画であったことは、疑うべくべくもない。

「シークレット・ウィンドウ」に続いて2作続けてのワイフ役を演じたマリア・ベロの複雑な心理状況はある種の確固たるリアリティーを含んでいたし、チョイ役とは言えここ数年連続して小ヒット作に出演していたエド・ハリスの存在感は中々のものだった。
惜しむらく脚本に新人ジョルシュ・オルソンの要約の不完全さが多く散見されたことくらいだろう(それは殆ど致命的とよぶにふさわしい失敗だった)。おかげでストーリーは何度も中心を外れて、観客が登場人物の誰にも感情移入できない、消化不良を起こさせた(わざとだとしたら、只者ではないがおそらく違うだろう)。

この作品自体は(別に擁護するわけじゃないけど)決して悪くはない原作であったと思う。
タイトルとストーリーの乖離を感じさせた責任はやはり脚本家にあるとボクは思う。なぜならば、ヒストリー(歴史)を感じさせるシーンが殆どないからだ。
羊頭狗肉と感じた観客も多々あったのではないかと思う(ボクはもちろん、そのうちの一人だが)。

一つだけ教訓と呼べそうなものを探せといわれれば、我々は常に
同じ状況に陥るかもしれないという恐怖を抱えて生きているということだ。

筋のぶれや無駄なシーンは忘れて、我々は常に(形は違えども)同じ種類の暴力の
可能性を常に感じて生きている――― 裏切り。

正直、1800円を払う価値はない。

DVDになった時に見れば十分な作品だと思う。だが、レンタルする価値も、実は正直ない。人からの感想で十分だろう。

この作品を見終えたとき、悲しいけれどボクが感じたことは、ああ、2時間ムダに過ごしてしまった、という深い後悔だった。

みなさん、タイトルや監督に騙されてはいけない。
これは面白そうだけど、完全な失敗作だ。

ああ、悲しい。