ただそれは壊れていく過程

花見客でごった返す井の頭公園は、息苦しい。
「なんだってこんな日にここでデートなのよ?」彼女は口を尖らす。

肩越しに桜散る、午後の日差しとギターの音。ボンゴ、トコトン。
「でも楽しいけど」

笑顔。唇の影、鼻先の汗が太陽に照らされて。夢中で騒ぎ立てる大学生たちが即興で音楽を奏でる、傾聴には残念ながら値しない。

カップルがもう我慢できないといった風にベンチを離れる、すかさず僕らはそこに座る。
「ついてるね」
ああ、と僕は言って煙草を取り出す。「禁煙どーしたのよ?」
やめんたんだ。
何一つ続かないんだから。彼女は足を組んで、あきれた顔で水面に目をやる。

「はい、リップ。唇乾いてるよ」微かだけど風が吹いているし、日差しも強い。
(言うまでもないことだが)もう春なのだ。僕らは黙ってミネラルウォーターを飲む。

三越の裏を一巡りして、急に酒が飲みたくなった。
買いたい本はあらかた買ったし、ショッピングをするには金がなさ過ぎた。

暖簾をくぐると、靴を下駄箱にしまった。予想通り、どこのレストランもぎゅうぎゅうで
僕らは穴場を探す、地下に面した新潟料理の店に入る、店長が揉み手をする、18:15。

「久保田の万寿と、何飲む?」
彼女はしばらく考えてスプモーニを注文した。隣には人のよさそうな40くらいのおばさんと、ヤクザみたいなサングラスをかけた初老の男性がビールを飲んで、焼き魚をつついていた。僕は彼らの会話に耳をすます。

「今日のお薦めは鮎の塩焼きです」新潟と鮎の接点が見えなかったけど、とりあえずそれを注文し、何品か刺身を頼むと、僕はグラスを傾ける。乾杯はしない。僕らはしない。

ねえ、何考えているの?

何も・・・、と僕は言おうとして言葉を飲み込む。
比喩的な表現で説明することもできたけど、今の気持ちを言葉に直さなくてならない
必然性はなかった。鰆の心臓ほどもなかった。

僕らはベッドに横になっている。大泉にある僕の部屋だ、6畳半の汚いアパート、ボロ家。

「ねえ、別れないか?」
ずっと天井を見ながら、僕はその言葉を口に出していた。「ねえ、聞いてる?」
彼女は寝ていた。いや、寝たふりをしていただけかもしれない、とにかく彼女は答えなかった。小さな音で流れる坂本龍一のピアノソロが、僕らをどこかへ連れて行く。

どこにもいけないよ、このままじゃ。誰かが僕に囁く。

そうだろうけど、どうにもならないんだよ、もう。僕は答える。
「誰に向かってしゃべっているの?」彼女の声が耳をくすぐる。僕の耳元にしっかりと顔を擦り付けながら、あくび交じりで。